内定者なのに“付き添い扱い”──運営ルールが追いつかない日
その日のイベント会場は、埼玉県久喜市。
都心から電車で一本、ショッピングモールと市民文化会館が仲良く並ぶ、ほどよく地方感のある街だ。地元密着イベントには定評があり、戦隊ヒロインの集客力を試すにはちょうどいい。
朝の搬入口は、すでにごちゃついていた。
「出演者はこちらですー」
「控室は奥ですー」
「関係者パス見せてくださいー」
そんな中、二人組が現れる。
一人は、規格外の秋田美人・阿部柚葉。
もう一人は、やや緊張した表情の高校生――小野寺彩音。
受付スタッフが名簿を確認して首をかしげた。
「えーっと……阿部さんは出演者で……こちらの方は……?」
彩音が一歩前に出て、元気よく言う。
「戦隊ヒロイン内定者です!」
受付スタッフのペンが止まる。
「……内定、者?」
微妙な沈黙。
スタッフは柚葉を見る。
柚葉は何も言わない。ただ、立っている。
それだけで空気が一段階、静かになる。
「あ、あー……では、とりあえず関係者として……」
こうして、
正式ヒロインの柚葉は堂々と通過し、
内定者の彩音は“付き添い枠”で通されるという、
運営ルール的にどうなのか分からない処理がなされた。
歩きながら、彩音が小声で言う。
「ゆず姉……私、話は通ってるはずなんですけど……」
「うん」
「面談も終わってますし……」
「知ってる」
「でも今、完全に“連れの人”でしたよね……?」
「現場あるある」
納得できないが、反論もできない。
控室に入ると、空気は一変した。
「あっ、彩音ちゃん!」
声をかけたのは、杉山ひかりだった。
柔らかく、安心感の塊のような存在。
「今日も来てくれたんだね。頑張ろうね~」
「は、はいっ!」
彩音の顔が一気に明るくなる。
続いて、館山みのりが笑いながら言う。
「もう普通に仲間だよね?
制服ないだけで」
「ですよね~」と西園寺綾乃がはんなり相槌を打つ。
「控室におるの、当たり前みたいになってはるえ」
赤嶺美月は腕を組んで言った。
「もう内定とか関係あらへんやろ。
現場に馴染んだもん勝ちや」
完全に“中の人”扱いだった。
彩音は内心、胸が熱くなる。
(私……もう、ヒロインの輪の中にいる……)
一方、柚葉は控室の端で静かに座っている。
喋らない。
動かない。
だが、誰も逆らえない存在感だけがそこにある。
進行表が無言で柚葉の前に置かれ、
スタッフが判断に迷うと、自然と柚葉を見る。
理由は誰にも説明できない。
イベント直前、再び裏動線で混乱が起きる。
「えーっと……内定者の方は客席側で……」
「いや、その子は裏です」
なぜか小宮山琴音が即答した。
「でも段取り上は……」
「問題ないです。私が把握してます」
甲州弁混じりの断言。
誰も逆らえない。
結果、彩音はまた“付き添い枠”で通過した。
舞台袖で彩音がため息をつく。
「私、いつまで“連れ”なんでしょう……」
柚葉は少し考えてから言う。
「現場の流れってね、
肩書きより先に空気が決まる」
「それ、フォローですか?」
「多分」
その瞬間、坂井まどかが顔を出す。
「彩音ちゃん、次の立ち位置一緒に確認しよ」
「はいっ!」
動きは完全にヒロインのそれだった。
イベント後、彩音は達成感に満ちていた。
「今日、すごく楽しかったです!」
ひかりが優しく言う。
「うん。無理しなくていいけど、
彩音ちゃん、ちゃんと向いてるよ」
柚葉はその背中を見ながら、静かに思う。
(この子、
そのうち“付き添いなのに主役”になるな)
肩書きや運営ルールが追いつくのは、
きっと、もう少し先だ。




