主役は妹です(※会場は姉に落ちました)——逆姉ムーブ、発動——
その日、イベント運営側はひそかに期待していた。
「今日は“規格外の秋田美人”が来るらしい」
「無音で場を支配するって噂の?」
「そうそう、阿部柚葉さん」
ステージ脇では、すでにスタッフがざわついている。
だが――
本人は、まったく違う方向を見ていた。
「彩音、緊張してる?」
阿部柚葉は、従姉妹の小野寺彩音の前にしゃがみ込み、目線を合わせていた。
「……ちょっとだけ」
彩音は正直に答える。
戦隊ヒロイン“内定(仮)”とはいえ、今日はあくまで同行。
ステージに立つ予定など、なかった。
「大丈夫」
柚葉はにこりと笑う。
「今日は、彩音の日だから」
「え?」
その一言で、嫌な予感がしたのは小春だけだった。
「……待って。
今、“彩音の日”って言った?」
柚葉は頷いた。
「はい。
せっかく来たので」
「せっかく来たので!?
ここ、ヒロインのイベントなんですけど!?」
だが柚葉は動じない。
「だからです」
意味がわからない。
だが、この時点で止められる人間は誰もいなかった。
本番。
「さあ! 本日のゲスト!
規格外の秋田美人ヒロイン、阿部柚葉さ――」
MCの声が、途中で止まった。
なぜなら、
柚葉が一歩引いたからだ。
そして――
すっと、彩音の背中を押した。
「……え?」
会場が一瞬フリーズする。
「今日は、こちらの方をご紹介します」
柚葉が静かに言う。
「私の従姉妹です」
ざわっ。
「え、誰?」
「一般人?」
「聞いてないぞ?」
彩音は完全に固まっていた。
「ゆ、ゆず姉……!?」
小声で抗議する。
「大丈夫」
柚葉は耳元で囁く。
「そのままでいいから」
その“そのまま”が一番怖い。
だが、柚葉はもう前に出ない。
一歩後ろ。
完全な“脇役ポジション”。
なのに。
視線は、すべて柚葉に集まっている。
彩音が自己紹介を始める。
「えっと……
川崎市麻生区から来ました、小野寺彩音です……」
声が少し震える。
すると――
後ろに立つ柚葉が、静かに頷いた。
それだけで、彩音の声が安定する。
「高校一年生で……
戦隊ヒロインに憧れてます」
拍手。
だが、拍手の質がおかしい。
「可愛い〜」
「でも後ろの人、何……」
「姉、圧強くない?」
柚葉は何もしていない。
ただ、立っているだけ。
なのに、
“背景として強すぎる”。
小春は控室で頭を抱えた。
「前に出てないのに、全部持ってかれてる……」
「逆です」
遥室長が冷静に言う。
「前に出ないからこそ、支配してます」
トークが進む。
彩音が一生懸命話す。
練習してきたことを、噛みしめるように。
そのたびに、
柚葉が一歩も動かず、静かに見守る。
まるで――
“安全装置”。
失敗しても、転んでも、
必ず後ろに柚葉がいる。
会場が、それを理解し始める。
「あの子、安心して喋れてるな」
「後ろの姉が強すぎる」
「守護霊?」
最後の質問コーナー。
観客が聞いた。
「彩音ちゃん、
将来どうなりたいですか?」
彩音は一瞬、柚葉を見る。
柚葉は、何も言わず、微笑んだ。
「……戦隊ヒロインになって、
誰かの背中を押せる人になりたいです」
その瞬間、
会場が静まり返った。
そして、大きな拍手。
柚葉は、ほんの少しだけ目を細めた。
イベント後。
「……やられました」
小春は白旗を上げる。
「主役を前に出して、
自分は何もしてないのに、一番印象に残るとか」
「狙ってませんよ」
柚葉は本気で不思議そうだ。
「彩音が頑張ってたので」
彩音は目を輝かせて言った。
「ゆず姉が後ろにいたから、
全然怖くなかった!」
それを聞いた瞬間、
波田顧問が豪快に笑った。
「こりゃ参ったな!
前に出ねぇで人を育てるタイプか!
一番タチが悪い!」
柚葉は首を傾げる。
「……悪いですか?」
「最高だよ」
波田顧問は即答した。
「しかも無自覚。
育成側として、満点だ」
こうして語り継がれる。
阿部柚葉——
主役を譲り、場を支配し、
妹を前に出して、自分が伝説になる女。
彩音はその背中を見ながら、確信していた。
(やっぱり……
ゆず姉、すげぇ)
なお、
次のイベントの台本には、
こっそりこう書き足されていた。
※阿部柚葉は「後ろに立たせないこと」。
※前に出さなくても危険。




