しゃべらないのに優勝——秋田美人、無音で場を制圧する——
その日、ヒロ室はいつになく騒がしかった。
「えー、本日のイベントですがぁ!」
小春がホワイトボードを叩きながら声を張る。
「地方自治体合同フェア! ファミリー層多め! ステージは一回二十分! フリートーク比率高め!」
この条件を聞いた瞬間、何人かのヒロインが微妙な顔をした。
要は「喋って盛り上げろ」という無茶振りである。
「……新人は厳しいやつやな」
美月が腕を組んでぼそっと言う。
その視線の先にいたのが、規格外の秋田美人ヒロイン――阿部柚葉だった。
柚葉は、台本を静かにめくっている。
表情は穏やか。
だが、どこか“音がない”。
「柚葉、大丈夫?」
小春が声をかけると、柚葉は顔を上げ、にこりと笑った。
「はい。楽しみです」
その一言で終わり。
追加説明なし。
意気込みゼロ。
「……逆に不安なんやけど」
美月が小声で言うと、周囲がうなずいた。
そして迎えた本番。
会場は地方イベントらしく、元気な司会、賑やかなBGM、子どもの声。
いつもの「ガヤガヤした空気」だった。
「さあ続いてのゲスト!
みちのく秋田からやってきた、戦隊ヒロイン――阿部柚葉さんです!」
拍手。
歓声。
……そして、柚葉が一歩、ステージに出た瞬間。
音が消えた。
正確に言えば、消えたように感じた。
ざわついていた客席が、ふっと静まる。
子どもが喋るのをやめ、カメラのシャッター音だけが目立つ。
柚葉は何も言わない。
ただ、すっと姿勢を正し、ゆっくり一礼しただけ。
――それだけ。
なのに、視線が全て彼女に吸い寄せられた。
「……え?」
控室のモニターを見ていた真帆が声を漏らす。
「まだ一言も喋ってませんよね?」
「うん」
遥室長も瞬きを忘れている。
「でも、完全に場が柚葉さんのものですね」
小春は焦った。
本来ならここで一言挟んで流れを作るはずだった。
だが――
入る隙がない。
柚葉が、静かに顔を上げる。
ゆっくり、客席を一周見渡す。
誰も喋らない。
誰も動かない。
そして、ようやく口を開いた。
「……こんにちは」
それだけ。
たった五文字。
だが、その瞬間。
「うわぁ……」
「声まで綺麗……」
「何この人……」
小声の感嘆が、さざ波のように広がった。
柚葉は続ける。
「今日は、ありがとうございます。
秋田から来ました、阿部柚葉です」
声は低くも高くもない。
張り上げてもいない。
なのに、全員に届く。
完全な“無音支配”。
小春は心の中で叫んでいた。
(なにこれ!? 私、いらんやつ!?)
フリートークに入っても、状況は変わらなかった。
柚葉は無駄に喋らない。
一文が短い。
間が長い。
だが、その“間”に観客が勝手に反応する。
「秋田は、雪が多いです」
(へぇ〜)
「でも、人は温かいです」
(おぉ〜)
一言ごとに、会場が勝手に盛り上がる。
美月が控室で呆然と呟いた。
「……なにあれ。
一番エネルギー使ってないのに、一番支配力あるやん」
「喋ってないのに、全部持っていってますね」
ひかりが苦笑する。
イベント終了後。
スタッフ控室は、なぜか静かだった。
「柚葉さん……」
小春が恐る恐る声をかける。
「今日、どうでした?」
柚葉は少し考えてから答えた。
「……楽しかったです。
皆さん、よく聞いてくださったので」
「いや、あれは……」
小春は言葉を探す。
「“よく聞いた”とかじゃなくて……」
遥室長が、はっきり言った。
「阿部さん。
あなた、喋らなくても場を制圧できるタイプです」
柚葉はきょとんとする。
「そうなんですか?」
「そうです」
真帆が深くうなずいた。
「しかも無自覚なのが、一番厄介です」
その夜、SNSにはこう書かれた。
――今日のイベント、柚葉さんだけ空気違った
――喋らないのに印象が一番残る
――音がしないのに、圧がある
――秋田、美人すぎる
本人はというと、帰りの電車でスマホを見ながら首を傾げていた。
「……静かにしてただけなんですけど」
誰もが思った。
――それが一番、怖い。
こうして、
“無音で場を支配する秋田美人”阿部柚葉の伝説が、ひっそりと始まったのであった。




