安心してください、服着てます。——秋田美人、グラビアの余波で空気を制する——
その週、ヒロ室の空気は妙にそわそわしていた。
原因は一つ。
規格外の秋田美人ヒロイン、阿部柚葉のグラビアが、予想を軽く三段跳びで超える反響を叩き出してしまったからだ。
発売日当日の朝から、ヒロ室の電話は鳴り止まない。
イベント会社、地方紙、ネットメディア、よく分からない業界誌まで、「阿部柚葉さんの次の出演は?」「水着は?」「別カットは?」と、遠慮という概念をどこかに置き忘れた問い合わせが雪崩れ込んできた。
「……これは少し、騒がせすぎたかもしれませんね」
遥室長が静かに言う横で、真帆は資料を束ねながら眉間を押さえた。
「“少し”じゃないですね。完全に一線越えてます。しかも本人が一番落ち着いてる」
その本人――柚葉は、控室で黙々とストレッチをしていた。
いつも通りの白シャツに黒パンツ。
昨日まで全国誌を飾っていたとは思えない、あまりにも通常運転の姿だった。
そして迎えた、その日のイベント。
場所は都内某所のショッピングモール。
ステージ裏では、ヒロインたちがひそひそと囁き合っていた。
「今日さ……柚葉、どう出るんやろ」
「絶対、客席ざわつくよね」
「下手したら、最初から空気変わる」
MCの小春も、台本をめくりながら内心ひやひやしていた。
盛り上げなければいけない。
でも、煽りすぎれば下品になる。
触れなければ不自然。
――どうする?
答えが出ないまま、開演時間が来た。
照明が落ち、音楽が鳴る。
「さあ皆さま! 本日のスペシャルゲストをご紹介します!」
小春が腹を括って声を張る。
「みちのく秋田からやってきた、今話題の戦隊ヒロイン――阿部柚葉さんです!」
歓声。
拍手。
そして、ほんの一瞬の、ざわり。
柚葉がステージ中央に立つ。
その瞬間、観客の何人かが「あっ」と息を呑んだ。
理由は単純だった。
――普通に、服を着ている。
いや、当たり前なのだが、数日前の誌面の印象が強すぎた。
露出ゼロ。
清楚。
落ち着き。
いつもの柚葉。
静かな笑顔で一礼したあと、柚葉はマイクを受け取った。
会場が、次の言葉を待つ。
ほんの一拍。
柚葉は、少しだけ間を置いてから、こう言った。
「……あの」
客席が静まり返る。
「安心してください」
小春の脳内で、警報が鳴った。
――まさか。
柚葉は、淡々と、しかしはっきりと言った。
「服、着てます」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、会場が爆発した。
ドッ、と笑いが広がり、拍手と笑い声が入り混じる。
どこからか「それ言うんだ!」という声まで飛ぶ。
ヒロインたちは控室で腹を抱えた。
「本人から言う!?」
「しかもそのテンションで!?」
「ずるいわ……!」
小春は笑いながらも、完全に救われていた。
空気は一気に“健全な笑い”へと着地したのだ。
柚葉は、何事もなかったように続ける。
「今日は、いつもの戦隊ヒロインとして来ました。
グラビアは……お仕事です」
この一言で、変な熱がすっと引いた。
イベント後、楽屋。
「いやぁ……上手すぎますよ、柚葉さん」
真帆が本音を漏らすと、柚葉は首を傾げた。
「そうですか?
先に言っておいた方が、楽かなと思って」
「それが一番難しいんです」
遥室長が苦笑しながら頷く。
「“自分で空気を整える”って、なかなか出来ることじゃありません」
柚葉は少し照れたように笑った。
「皆さんが作ってくれた場なので。
私は、その中に立ってるだけです」
その夜、ネットにはこう書かれた。
――阿部柚葉、強い。
――あの一言で全部持っていった。
――色気より知性。
――一番信用できるタイプ。
グラビアの余波は、逆に彼女の評価を一段引き上げていた。
そしてヒロ室では、真帆がぽつりと呟く。
「……この子、尖ってるのに安全運転なんですよね」
遥室長は、静かに頷いた。
「だからこそ、規格外なんでしょう」
その頃、柚葉は次のイベントの資料を読みながら、何事もなかったように言った。
「次は、普通に頑張ります」
誰もが思った。
――それが一番、普通じゃない。




