内定ひとつで人生が前のめりな高校生
戦隊ヒロインプロジェクトに、早すぎる内定者が誕生した。
小野寺彩音。
川崎市麻生区出身、16歳。高校1年生。
――まだ高校生である。
なのに。
「私、高校卒業したら戦隊ヒロインになるから」
クラスの昼休み、弁当のふたを開けながら、彩音はあっさり言った。
「……は?」
「戦隊ヒロイン?」
「何それ、部活?」
友人たちの反応は当然だ。
「ほら、テレビとかイベントでやってるやつ」
「え、あの戦隊?」
「うん、内定もらった」
――内定。
その言葉の強さだけが、やたら重い。
「内定って、進路?」
「うん、進路」
完全に信じている。
彩音は、従姉妹の阿部柚葉に似て、手足が長くスタイル抜群。
明朗快活で、人前でも物おじしない。
父は高校教師。
その影響か、曲がったことが大嫌いで、
ゴミの分別、信号遵守、提出期限厳守。
戦隊ヒロイン向きかどうかと聞かれれば、
性格面は満点である。
問題は、内定の解釈だけだった。
「波田のおじさんが『高校卒業したら来な』って言ったの!」
「それ、口約束じゃない?」
「内定だよ?」
揺るがない。
その日から、彩音は戦隊ヒロインモードに入った。
朝、学校に行く前にランニング三キロ。
帰宅後、腹筋とスクワット。
ストレッチは動画を見ながら念入りに。
「体力勝負らしいからさ」
完全にプロ意識。
柚葉はそれを見て、苦笑いする。
「……彩音、まだ正式じゃないからね?」
「うん、でも準備は大事でしょ」
「そうだけど」
止めない。
なぜなら、止める理由がない。
彩音の両親も、温和だった。
「まあ、夢があるのはいいことじゃない」
「体動かすのも健康的だしね」
父だけは、少しだけ気になっていた。
「……一応、大学の話も考えとけよ」
「うん、戦隊ヒロイン終わったら考える!」
終わった後が前提。
数日後、ヒロ室に遊びに来た彩音は、
すでに関係者顔だった。
「おはようございます!」
「……誰?」
「内定者です!」
堂々。
スタッフの誰も突っ込まない。
小宮山琴音は腕を組みながら言った。
「この子、気合いは一流ずら」
「早すぎるだけで」
遥室長は穏やかに微笑む。
「焦らなくていいですよ、彩音さん」
「はい! でも走ります!」
走る理由は誰も聞いていない。
黒崎茉莉花の息子・大翔ともすっかり仲良しだ。
「彩音お姉ちゃん、戦隊になるの?」
「なるよ」
「すごい!」
「だから今、強くなってる」
未来が確定している人の口調。
柚葉は、その様子を少し離れたところで見ていた。
(……私の時より、周りが本気じゃない?)
だが、不思議と悪い気はしなかった。
彩音は、まだ制服も着ていない。
戦闘訓練も受けていない。
書類も何も、正式なものは一つもない。
それでも――
走り、
笑い、
真っ直ぐに「なりたい」と言える。
それだけで、戦隊ヒロインに向いている気がした。
「ま、気が早いのはウチの家系か」
柚葉はそう言って、彩音のランニングシューズを揃えてやった。
この内定が、
本物になるかどうかは、まだ誰にも分からない。
だが一つだけ確かなことがある。
内定をもらったと言い張る高校生が、
一番本気で努力している。
戦隊ヒロインの世界は、
今日も、少し平和で、少し騒がしい。




