はんなり崩壊――左京区に阿波の雷が落ちた日
京都市左京区。
銀閣寺に哲学の道、大学と研究所が点在し、街全体が「静かに考える」空気をまとっている区域である。観光客は多いが、どこか声が低い。歩く速度もゆっくり。雑踏ですら品がある――そんな左京区のイベント広場で、その日は「戦隊ヒロイン地域交流フェスタ」が開催された。
そしてそこに、最大の地雷が仕込まれていた。
清楚担当、三好さつき。
透明感、落ち着き、清廉潔白。
ヒロ室内では「黙って立っているだけで会場が格式化する女」と評される存在である。
この日の共演者は西日本組。
はんなり京ことばの西園寺綾乃。
播州弁で切れ味鋭い西川彩香。
土佐の突進娘・神代なつめ。
そして進行役に安岡真帆。
リハーサルの段階では、完璧だった。
「本日はお越しいただき、おおきに」
綾乃の京ことばが空気を整え、
「皆さん、盛り上がっていきましょー!」
彩香が勢いを足し、
「左京区、元気あるがか!」
なつめが音圧で場を押す。
最後に、さつき。
「よろしくお願いいたします」
それだけで、場が締まる。
「……今日は事故らへん気ぃするな」
彩香が珍しく安心した顔をした。
事件は、本番中盤のトークコーナーで起きた。
テーマは「地元あるある」。
綾乃が上品に振る。
「さつきさん、鳴門のええところ、教えてもらえますやろか?」
さつきは微笑み、いつも通り答えようとした。
……その時。
客席最前列で、子どもがポカリのボトルを落とした。
乾いた音が、静かな左京区の空気を切り裂く。
反射的に、さつきの口が動いた。
「――あっ、危なっ! 気ぃつけなあかんでぇ!」
一瞬、沈黙。
次の瞬間。
「……今の?」
彩香が固まる。
綾乃が、ゆっくり首をかしげた。
「……さつきさん?」
さつき、気づいた。
阿波弁が、出た。
「い、いえ……あの……」
取り繕おうとするが遅い。
客席の空気が、ガラガラと音を立てて崩れた。
「え、今の方言?」
「清楚キャラちゃうん?」
「急に親戚のお姉ちゃん出てきたぞ」
ざわつく会場。
なつめが大爆笑。
「出たき! 本性!」
彩香が腹を押さえる。
「ちょ、京都でそれはアカンて!」
綾乃だけが、静かに微笑んだ。
「……よろしおすやん。人間味があって」
さつき、観念した。
「……あの……普段は出ませんけど……驚いたら、出ます……阿波弁」
ここで完全にスイッチが入った。
「もう一回言って!」
「阿波弁バージョンで自己紹介して!」
観客のテンションが一気に跳ね上がる。
なつめが煽る。
「ほら、綾乃の京ことばと対決じゃき!」
綾乃、受けて立つ。
「ほな、いきまひょか」
即席方言コーナー開幕。
「三好さつき、徳島県鳴門市出身です。よろしゅう頼むでぇ」
「西園寺綾乃どす。おおきに」
京と阿波が交互に飛び、会場は完全にお祭り状態。
「さっきまで式典やったのに!」
真帆が頭を抱える。
終了後、控室。
「……やってしまいました」
さつきが反省すると、
綾乃が優しく言った。
「清楚なまんまで、人間らしさも見えましたえ。今日は勝ちどす」
なつめが肩を叩く。
「ええがよ。阿波弁は武器じゃき」
その日、左京区のイベントは
「清楚ヒロインの方言解禁事件」として語り継がれることになる。
――清楚は崩れた。
だが、その瞬間、三好さつきは本当の意味で観客の心を掴んだのだった。




