鉄の父、炎の娘 ―播州・西川家の軌跡―
兵庫県姫路市。鉄と風が交わる街に、ひとりの“鉄の男”がいる。
大日本製鉄広畑製鉄所勤務、西川剛史。
背は高く、腕は鋼のように太く、口ひげの奥の眼光は溶鉱炉の火を思わせる。
無口で、不器用で、だが誰よりも誠実な男だ。
現場の合言葉は「ご安全に」。
事故の報を聞けば、誰よりも早く駆けつける。
鉄の現場で、命を守る男。
だが彼には、もうひとつの顔があった。
かつては、社会人野球・大日本製鉄広畑の外野手。
俊足好打の左投左打。高校時代からドラフト候補に名が挙がったが、指名はなし。
「夢は、自分で掴むもんや」
そう言って地元の鉄鋼会社に入り、プロを目指し続けた。
三年目、右翼のレギュラーを掴むも、都市対抗ではベテラン補強にポジションを奪われた。
ベンチで歯を食いしばりながら学んだのは、“控えの美学”。
「裏方も戦士のうちや」
四年目に初出場した都市対抗では、スタンドの大声援に全身が震えた。
あの武者震いを、彼は今も忘れない。
六年目、主将としてチームを率い、ベスト8入り。
外野手部門の優秀選手賞を受賞した。
だがプロのスカウトは言った。
「長打が足りない」
その瞬間、剛史はバットを静かに置いた。
「派手やなくても、鉄のように折れん生き方がある」
それが、彼の人生哲学になった。
七年目、補強選手として都市対抗出場。
一試合3安打を放つも、初戦敗退。
試合後、自分の代わりにレギュラーを奪った若手に声をかけた。
「力を抜け、柔らかく振れ」
その選手は後にプロでタイトルを獲り、メジャーでも活躍し、名球会入りを果たした。
剛史は笑った。
「俺の打撃理論、ちょっとは世界に通じたやろ」
十一年目に引退し、十五年目に社業専念。
その後に生まれたのが、西川彩香だった。
剛史の家庭教育は鉄の規律だった。
男も女も関係ない。
「努力せん奴は、鉄くずや」
彩香はしばしば鉄拳を食らい、「ヤクザより怖い」と怯えた。
だがその厳しさこそが、彼女の芯を鍛えた。
娘が「戦隊ヒロインになる」と告げた夜、
剛史は短く言った。
「50万姫路市民を代表して全力でやれ。
ファンを裏切ることは絶対に許さん。
その覚悟がないならやるな。」
その声には、鉄を打つハンマーのような重みがあった。
今、彩香は全国の舞台で輝く。
剛史はイベント会場にふらりと現れ、ファンに声をかける。
「これからも彩香の応援、頼みますわ」
写真に応じるその笑顔は、炎のように温かい。
イベント後は娘に一言。
「ファンにもっと丁寧にせえ」
ぶっきらぼうな助言が、彩香の“丁寧すぎるファンサービス”を生んだ。
今日も剛史は鉄の街で、汗をぬぐう。
炎と鉄が彼を育て、彼が娘を育てた。
――鉄の父、炎の娘。
播州の魂は、親子の絆の中で今も赤く燃えている。




