“断らない女”が一度だけ倒れかけた日
森川美里が「断らなかった」せいで、
戦隊ヒロイン史上もっとも静かな修羅場が発生した。
本人は最後まで、
「大丈夫です」
と言い続けていた。
問題は、本当に大丈夫じゃなかったことだ。
発端は、安岡真帆のスケジュール表だった。
イベントA、イベントB、イベントC。
合間に地方移動。
欠員対応。
急なMC代役。
スポンサー対応の顔出し。
全部に共通する名前――森川美里。
遥室長が言った。
「……これ、ちょっと詰めすぎじゃない?」
真帆は即答する。
「美里なら通ります」
この言葉が、
この回の呪文だった。
美里本人は文句を言わない。
楽屋ではいつも通り。
メイクも完璧。
衣装も問題なし。
MCも淡々。
ただ一つだけ違ったのは、
控室で椅子に座る時間が少し長くなったこと。
「大丈夫です」
「行けます」
「問題ありません」
それを誰も疑わなかった。
異変に最初に気づいたのは――
大宮麗奈だった。
自己顕示欲の塊。
文句は多い。
自分の扱いにはうるさい。
その麗奈が、
美里を見て眉をひそめた。
「……美里、顔色おかしくない?」
美里は笑った。
「大丈夫ですよ」
その瞬間、
麗奈のスイッチが入った。
翌日のイベント終了後。
ヒロ室の控室で、
麗奈が珍しく人のためにキレた。
「ちょっと待って!」
全員が振り向く。
「これ、どう考えても詰めすぎでしょ!?
美里、今日何現場目よ!?」
真帆が冷静に答える。
「五件目です」
麗奈、絶句。
「……五件?
私でも三件で文句言うのに?」
ここで全員が気づく。
麗奈が“私でも”と言っている異常事態に。
麗奈は美里を指さす。
「この人ね、
“断らない”のが美徳だと思ってるの!」
「でもそれ、
潰れる一歩手前まで我慢するって意味だから!」
美里は慌てる。
「いえ、私は――」
麗奈が遮る。
「黙って!」
一同、凍る。
「美里はね、
華やかで、謙虚で、
使いやすいって理由だけで
便利屋にされてるの!」
真帆が静かに言う。
「……それは、否定できません」
この瞬間、
室内の空気が変わった。
真帆は美里を見る。
初めて、
“駒”ではなく
一人の人間として。
「……無理は、していましたか?」
美里は一瞬だけ黙り、
それから笑った。
「……ちょっとだけ」
その「ちょっと」が、
全員に刺さった。
真帆は深く息を吸った。
「私の判断ミスです」
即座だった。
「“通る”を理由に、
人を使いすぎました」
遥室長も頷く。
「調整、私も甘かった」
美月が小声で言う。
「麗奈が人のために怒るって、
よっぽどやで……」
麗奈が振り向く。
「聞こえてるわよ!」
でも、その顔は少し誇らしげだった。
その日、
美里は強制的に休みになった。
真帆が命じた。
「三日間、現場禁止」
美里が慌てる。
「そんな、申し訳ないです!」
真帆は即答。
「申し訳ないのは私です」
数日後。
復帰した美里のスケジュールは、
明らかに軽くなっていた。
代わりに真帆のメモには、
新しい一文が増えていた。
――“美里でも休ませる”
それを見た麗奈は満足そうに言う。
「やっと“人扱い”されるようになったじゃない」
美里は少し照れて笑った。
「怒ってくれて、ありがとうございました」
麗奈は腕を組む。
「勘違いしないで。
私が怒ったのは――」
一瞬、言葉に詰まる。
「……
使い捨てられる美人は嫌いだからよ」
それは、
自己顕示欲の塊なりの
最大級の友情だった。
森川美里。
断らなすぎる女。
その問題が、
一度だけ爆発した日。
そしてこの日を境に、
ヒロ室には新しい共通認識が生まれた。
――“通る”前に、
――“守る”。
美里は今日も現場に立つ。
ただし今度は、
誰かがちゃんとブレーキを踏みながら。
静かな万能は、
潰れないように守られるべきだった。




