“美里なら通る”が国家基準になる日
森川美里が“特別扱い”されていることに、
本人以外で最初に気づいたのは――誰でもなく安岡真帆だった。
もっと正確に言えば、
真帆だけが、最初から分かっていた。
美里がイベント現場に投入されて一か月。
大きなトラブルはゼロ。
クレームはゼロ。
遅刻ゼロ。
体調不良ゼロ。
楽屋での不協和音ゼロ。
代わりに増えたのは、
「また森川さんでお願いできますか?」
という、プロモーターからの連絡だった。
真帆は静かにスケジュール表を見ながら言う。
「……この現場、美里」
遥室長が首をかしげる。
「別に誰でも回せる内容だけど?」
「ええ。でも“通す”なら美里です」
この「通す」という言葉が、すべての始まりだった。
ある地方自治体のイベント。
出演条件がややこしい。
台本が曖昧。
主催者の担当者が優柔不断。
彩香が書類を見て眉をひそめる。
「これ、揉めるで。絶対揉める」
真帆は即答した。
「美里入れます」
美月が聞き返す。
「え、理由は?」
「……美里なら通るから」
結果。
揉めなかった。
担当者は満足。
会場は平和。
終演後のアンケートは高評価。
理由を誰も説明できない。
数日後、スポンサー絡みの難案件。
衣装規定が厳しい。
言葉遣いに細かい注文。
時間押し不可。
琴音が言う。
「正直、誰でもいいけど誰でもダメですね」
真帆は迷わない。
「美里で」
また通った。
この頃から、ヒロ室内に奇妙な言葉が出回り始めた。
「それ、美里なら通る?」
「美里基準だとどう?」
「一回、美里入れとく?」
美里本人はまったく知らない。
楽屋でお弁当を食べながら、
「今日も無事終わってよかったです」
と微笑んでいるだけだ。
理世が理知的に分析する。
「彼女は突出していない。だが平均値が異常に高い」
沙羅が腕を組む。
「しかも角がない」
香澄は笑う。
「バスガイドで言うたら“どの団体でも安全運転”ですね」
茉莉花は一言。
「信用って、派手じゃないのよ」
そして真帆。
真帆の美里への評価は、
表に出ない。
褒めない。
持ち上げない。
ただ、
一番重要な場所にだけ配置する。
ある日、遥室長が気づいた。
「……ねえ真帆。
これ、重要案件ほど美里入ってない?」
真帆は少しだけ目を伏せた。
「ええ。失敗できない現場ほど」
「評価、高すぎない?」
真帆は淡々と答えた。
「最上級です」
この言葉に、室内が一瞬静まった。
美月が叫ぶ。
「えっ!? あの地味な美里さんが!?」
真帆は冷静に続ける。
「派手なヒロインは代替が効く。
でも“通す人間”は代替が効かない」
「美里は、
前に出ず、
敵を作らず、
約束を守り、
空気を荒らさず、
結果を出す」
「プロモーターが安心する理由、
それだけです」
その頃、美里は別室で理世と沙羅の愚痴を聞いていた。
「そうなんですね」
「大変でしたね」
いつも通りだ。
だがその裏で、
国家レベル(※言い過ぎ)で通用する
**“美里基準”**が静かに完成していた。
後日、真帆はメモにこう書いた。
――困ったら美里。
――迷ったら美里。
――通したいなら美里。
それを見た遥室長は苦笑する。
「もう常設扱いじゃない?」
真帆は答えない。
ただ、次の案件に
森川美里と入力する。
本人は今日も控室で言う。
「私、聞き役でいいですから」
その一言が、
また一つ現場を通すことになるとも知らずに。
華やかで、謙虚で、
何も主張しないイベントコンパニオン。
お友達紹介キャンペーン適用第1号――
森川美里。
真帆の評価は、
密かに、
最上級だった。




