困ったときは森川さん 〜派手なのに一番マニュアルなヒロイン〜
森川美里が戦隊ヒロインプロジェクトに加入して、まだ日が浅い頃だった。
加入経緯は例の「お友達紹介キャンペーン」第1号。
紹介者は大宮麗奈。
この時点で周囲は内心こう思っていた。
――派手枠がもう一人増えたな。
実際、森川美里は派手だった。
長身、八頭身、イベントコンパニオンとして申し分のない華やかさ。
麗奈と並べば、そこだけ照明が一段明るくなったように見える。
だが、問題はマイクを持たせた後だった。
「本日はお足元の悪い中、ご来場いただき、誠にありがとうございます」
声は通る。滑舌も良い。
しかし内容は完璧にマニュアル通り。
ウケもスベりもしない。山も谷もない。
美月が袖で小声で言った。
「……めっちゃ普通やな」
彩香も腕を組む。
「普通すぎて逆にコメントしにくいわ」
だが、イベントは一切荒れなかった。
時間通り進み、トラブルも起きず、クレームも出ない。
これを見ていたヒロ室フロントの安岡真帆は、無言でチェック表に丸をつけていた。
遥室長も静かに頷く。
「……この子、使いやすいわね」
そこからだった。
森川美里のスケジュールが、じわじわと埋まり始めたのは。
地方の小さな商店街イベント。
平日の企業内安全講習会。
雨天決行、観客二桁、ギャラ薄謝。
誰もが一瞬ためらう現場でも、美里は言った。
「はい、大丈夫です。行けます」
麗奈なら文句を言い、美月ならテンションで誤魔化し、彩香なら条件交渉を始める。
だが美里は違った。
確認事項を淡々と聞き、前日に下見をし、当日は時間ぴったりに現場入り。
その結果どうなったか。
「森川さん、来てくれて助かりました」
「次もお願いできますか?」
この言葉が積み上がっていった。
ある日、イベント当日朝。
出演予定のヒロインが体調不良で急遽欠席。
現場は軽くパニックになった。
真帆はスマホを見て、三秒考え、ひと言。
「……森川、入れられる?」
遥室長が即答する。
「空いてます。本人、もう向かってます」
美里は理由も聞かず、現場に滑り込んだ。
台本を三分で確認し、マイクチェックを済ませ、何事もなかったかのように進行。
イベント終了後、スタッフが口を揃えて言った。
「え、最初から森川さんでしたよね?」
この瞬間、称号が生まれた。
――困ったときの美里。
本人は全く自覚がなかった。
楽屋で「今日も無事終わって良かったです」と控えめに微笑むだけ。
その背後で、真帆がぼそっと言った。
「派手なのに、仕事が地味。最高じゃない」
美里のスケジュールは、さらに詰め込まれた。
断らない。文句を言わない。問題を起こさない。
結果、出演回数が増え、顔を覚えられ、
いつの間にか「よく見る人」になっていた。
ファンが増え始めた頃、麗奈が腕を組んで不満そうに言う。
「なんであんた、そんなに仕事来るのよ」
美里は本気で困った顔をした。
「え……私、何かしてます?」
「してないのよ!それが腹立つの!」
控室は爆笑に包まれた。
美月がまとめる。
「つまり、美里は“普通を極めた女”やな」
彩香が頷く。
「派手な見た目で普通。そら信用されるわ」
その日、真帆は静かに決めていた。
――この子は、前に出さなくていい。
――後ろで回らせれば、現場が壊れない。
森川美里。
華やかなイベントコンパニオンで、
一番マニュアル通りで、
一番頼られるヒロイン。
本人だけがまだ知らない。
自分が、もう「欠かせない側」に入っていることを。
そして今日もまた、
誰かが言う。
「困ったときは……森川さん、空いてます?」




