粗品は国家機密、現場は満杯――断らない女と断れない組織
お友達紹介キャンペーン適用第1号。
それは栄誉であり、同時に呪いでもあった。
ヒロ室の片隅で、赤嶺美月が腕を組んで首を傾げる。
「なあ麗奈さん。紹介者の粗品って、何やったん?」
この問いに、
大宮麗奈は一瞬だけ間を置き、ニヤリと笑った。
「それはねぇ……国家機密♡」
「は?」
「口止めされてるから言えないの。もらってからのお楽しみ〜♡」
美月は眉をひそめる。
「なんやそれ。逆に怖いわ」
「大丈夫大丈夫。命までは取られないから」
「余計あかんやろ」
この“粗品”の話題は、
なぜか聞くたびに周囲の温度を一段下げる。
本人――麗奈は、
バッグの奥にしまった例のブツについて、
それ以上一切語ろうとしなかった。
一方で、
キャンペーン第1号として迎えられた森川美里は、
その静かな性格ゆえに、思わぬ事態を招いていた。
「森川さん、来週の地方イベント、行けます?」
「はい、大丈夫です」
「翌日の午前も?」
「はい」
「その足で午後は別会場なんですが」
「問題ありません」
真帆のペンが止まる。
「……夜もあります」
「行けます」
真帆、無言でスケジュール表に赤丸を三つ打つ。
麗奈が横から覗き込み、思わず声を上げた。
「ちょっと待って。
それ、普通は一個断るやつだから」
美里はきょとんとする。
「そうなんですか?」
「そうなの。私は文句言って一個減らすの」
「……なるほど」
理解はしたが、
次の瞬間、美里はこう言った。
「でも、私でよければ……」
その一言が、すべての引き金だった。
真帆は仕事ができる。
できるが、情は薄い。
「助かります」
その言葉と共に、
美里の現場は指数関数的に増えていった。
小規模イベント。
地方の商業施設。
平日の企業展示会。
休日の親子向けステージ。
「断らない人がいると、世界は回る」
真帆は淡々とそう言った。
控室で、
美里は紙コップの水を飲みながら小さく笑った。
「ちょっと忙しいですけど、楽しいです」
それを聞いた麗奈が、珍しく真顔になる。
「……無理してない?」
「してないです」
「ほんとに?」
「はい。だって――」
美里は少し照れながら言った。
「麗奈さんが喜んでくれるなら」
この一言に、
自己顕示力の塊・大宮麗奈は完全にやられた。
「……もう」
そっぽを向きつつ、口元は緩む。
「人気出てきたじゃない。
紹介した私の株も上がるし」
「それが本音ですか?」
「八割」
イベント終了後、
観客の反応は明らかだった。
「さっきの人、感じよかったね」
「派手じゃないけど、安心する」
静かな拍手。
じわじわ伸びる評価。
麗奈は腕を組み、満足げに頷く。
「ほらね。
あんたは“断らなすぎる”けど、
それが向いてる世界もあるのよ」
美里は苦笑した。
その頃、
ヒロ室では美月がまだ気にしていた。
「なあ……粗品、ほんまに何なん?」
麗奈は振り返り、にっこり。
「だから国家機密だって♡」
この粗品が、
後に“伝説の粗品”と呼ばれることを、
この時点で知る者は、まだ少なかった。
ただ一つ確かなのは――
断らない女が現場を救い、
断れない組織がそれを詰め込む。
そして今日も、
ヒロ室は静かに回っていた。
粗品の正体を伏せたまま。




