笑わないヒロインは、客席の一番後ろで拳を握る
内田あかねは、笑わない。
正確に言えば、ほとんど笑わない。
写真を撮れば無表情、
イベントに立てば無表情、
楽屋でも無表情。
そのせいで、ヒロ室ではしばしば言われていた。
「内田さんって、ヒロイン向いてなくない?」
「ファンサービス、法律で禁止されてそう」
「笑顔が“努力義務”に見える」
――全部、事実に近い。
あかね自身も分かっていた。
自分は人気商売向きではない。
盛り上げ役でもなければ、華もない。
愛想もなければ、ノリもない。
なのに。
「そもそも、なんでヒロ室に来たん?」
ある日、山田真央に聞かれて、あかねは少しだけ言葉に詰まった。
「……偶然です」
「絶対ウソやろ」
里奈が、そっと助け舟を出す。
「内田さん、実は“きっかけ”があるんですよね」
その瞬間、
あかねは珍しく目線を逸らした。
あかねがヒロ室にアルバイト学生として入った理由。
それは――
アイドルが、好きだったからだ。
誰にも言ってこなかった。
言うつもりもなかった。
知的で、上品で、少し不器用で。
派手に煽らず、でも誠実で。
ステージで誰かに元気を渡す人。
そんなタイプの元アイドルが、
あかねはずっと好きだった。
講義が終わったあと、
判例集を閉じて、
こっそりライブに行き、
握手会で緊張しながら一言だけ伝える。
「……勉強、頑張れます」
それだけで、
数週間は戦える気がした。
だからこそ、
ヒロ室の裏方業務は居心地が良かった。
舞台袖。
マイクの音量。
照明の角度。
演者が一番輝く位置。
――全部、分かる。
「この人たちが、ちゃんと輝けるなら」
それで十分だった。
まさか、自分がヒロインになるとは思っていなかった。
臨時。
不足分の穴埋め。
法律要員。
理由はどうあれ、
舞台に立つ側になった瞬間、
あかねは悟った。
「……無理だ」
ファンに手を振る。
笑顔を向ける。
声援に応える。
どれも、“感情の即応”が必要だった。
イベントの帰り道、
あかねは真帆にぽつりと言った。
「……私は、ファンに優しくできていないと思います」
真帆は一瞬考えてから答えた。
「優しさって、笑顔だけじゃないわよ」
あかねは、その言葉を反芻した。
自分は、笑えない。
ぶっきらぼうだ。
愛想もない。
でも。
舞台で必死に立つヒロインを見て、
客席で拍手が起きたとき、
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
「……元気、届いてるなら」
それでいいのかもしれない。
最近、あかねは思う。
自分はやはり裏方向きだ。
演者を支える方が性に合っている。
――でも。
たまに、ほんのたまに。
「演者側も、ちょっとだけ楽しいかもしれない」
そんな気持ちが芽生える。
誰にも見せない場所で、
客席の一番後ろで、
拳を小さく握りながら。
内田あかねは今日も、
笑わない。
けれど確かに、
誰かのために、そこにいる。
それでいい。




