その握手、合法ですか? ――ファンサービス、条文と感情の板挟み――
事件は、地方都市のショッピングモールで起きた。
小規模ながら温かい雰囲気のイベント。
戦隊ヒロインたちはステージを終え、恒例のファンサービスタイムに入ろうとしていた。
「はいはーい! 近づきすぎたらアカンでー!」
赤嶺美月がいつもの調子で場を回す。
「写真は順番にどすえ〜」
西園寺綾乃もにこやかだ。
問題はその後ろ。
腕を組み、無表情で一歩も動かない女がいた。
内田あかね。
鉄仮面。
六法全書を内蔵したヒロイン。
「……確認します」
その一言で、空気がピシッと固まった。
「な、何をや?」
美月が嫌な予感を覚える。
「ファンサービスの内容です」
あかねは、淡々とメモを取る。
「握手。
写真撮影。
子どもへのハイタッチ。
“名前を呼んでほしい”という要望……」
顔を上げる。
「これらは、法的にグレーです」
「いきなり重たいな!?」
美月が叫んだ。
「握手は“身体的接触”です。
ハイタッチも同様。
写真撮影は肖像権。
名前呼びは、継続的関係性の誤認を生む可能性があります」
会場が、静まり返った。
「……あの」
スタッフの一人が恐る恐る言う。
「ファンサービスって、そういうものでは……」
「“慣行”と“合法”は別です」
即答だった。
その瞬間、後ろから真帆が顔を出した。
「内田さん、今回は地方自治体後援のイベントで――」
「承知しています。
だからこそ、慎重であるべきです」
「慎重すぎて客が帰りそうやけどな!」
美月のツッコミが炸裂する。
そこへ、白石陽菜が小さく手を挙げた。
「あの……
“笑顔で手を振る”だけなら……合法?」
あかねは一瞬だけ考えた。
「……接触がなく、対価性がなければ問題ありません」
「よし! 今日は全員、遠距離笑顔な!」
美月が即決する。
結果。
ヒロイン全員が、三メートル離れて手を振るだけのファンサービスが始まった。
「近づかないヒロイン」
「触れられない推し」
「声は届くが距離は遠い」
会場は、最初こそ困惑したが――
「なんか逆におもろいな」
「近寄らん分、ありがたみあるわ」
「合法って書いたボード持ってるの草」
謎の盛り上がりを見せ始めた。
美月はマイクを握り、叫ぶ。
「本日のファンサはな!
**心は密! 距離は疎!**でお送りしまーす!」
あかねは、そのフレーズをメモしながら呟いた。
「……“心は密”は、感染症対策文脈と誤認される恐れが――」
「もうええわ!!」
イベント後、控室。
「なぁあかねさん」
美月が真剣な顔で言った。
「ファンサって、ホンマに違法なん?」
あかねは、少しだけ視線を落とした。
「……違法ではありません。
ただ、“問題が起きたとき”、
守る人が必要です」
「守る?」
「ファンも。
ヒロインも。
プロジェクトも」
一瞬、空気が和らぐ。
「でもな」
美月がニヤリとする。
「今日のは、ちょっとやりすぎや」
「反省はしています」
「どのへん?」
「……
“合法”の文字をうちわにしたのは、不要でした」
全員、吹き出した。
その日、ヒロ室のホワイトボードに新しい注意書きが追加された。
《ファンサービスは、愛情と法令のバランスで》
そしてその下に、誰かが小さく書き足した。
《最終判断:内田あかね》
誰も消さなかった。




