鉄仮面は笑わない――臨時ヒロイン内田あかね、感情ログ不明
高島里奈が**「臨時なのに常設扱い」**され始めた、まさにそのタイミング。
もう一人、何の前触れもなくヒロ室に放り込まれた臨時ヒロインがいた。
内田あかね、二十三歳。
東京都府中市出身。
第一印象は、ひとことで言うなら――
表情がない。
笑わない。
驚かない。
テンションも上がらない。
本人曰く「通常運転です」。
あかねの実家は、少々特殊だった。
父親は府中刑務所の看守。
しかも住居は、刑務所敷地内の官舎。
友達を家に呼ぶと、まず門で止められる。
「面会ですか?」
「いえ、遊びに……」
「用件は?」
この時点で、たいていの友人は帰る。
そんな環境で育ったあかねは、
自然と表情を出さない技術を身につけていた。
だが――
その厳格な父親、なぜか一人娘には異常に甘い。
「夜は冷えるから上着持ったか」
「駅まで迎えに行こうか」
「危ないから男と歩くな」
刑務所の屈強な看守が、
娘の前では過保護な父に変身する。
あかねは無言でうなずくだけだが、
内心では「それ、大学院生に言う?」と思っている。
現在のあかねは法科大学院生。
六法全書は、
「読むもの」ではなく「脳内に格納されているもの」。
誰かが不用意な発言をすると、
即座に小声でこう言う。
「それ、表現的にアウトです」
「今のは契約上グレーです」
「その文言、裁判になったら負けます」
ヒロ室スタッフは震えた。
もともと、あかねはアルバイト学生としてヒロ室に出入りしていた。
リーガルチェック。
契約書の確認。
イベント同意書の微修正。
誰も気づかないが、
実は一番地味で、一番重要な仕事をしていた。
そして裏方業務も完璧。
会場設営。
導線整理。
重い機材の運搬。
なぜなら――
大学時代、馬術部。
馬を扱う足腰と、
落ちないバランス感覚。
重い物を持たせると、
静かに、速く、確実。
スタッフが言った。
「……あの人、無音で仕事するな」
そんなあかねが、
なぜ臨時ヒロインに?
理由は単純だった。
「人が足りない」
「現場に出られる」
「法律も分かる」
以上。
本人の意見は、聞かれていない。
初イベント。
衣装を着ても、表情は変わらない。
ポーズも最低限。
笑顔は、ほぼゼロ。
観客の反応は――
薄い。
誰かが囁いた。
「……感情どこ?」
美月が舞台袖で言った。
「なあ、あかね。
もうちょい笑ってええで?」
あかね、即答。
「業務に不要です」
結果。
人気は出なかった。
ファンは増えない。
SNSでも話題にならない。
だが、なぜか――
現場評価だけは異常に高い。
「遅れない」
「ミスしない」
「感情でブレない」
そして何より。
「トラブル時、頼りになる」
里奈が言った。
「……あかねさん、私と真逆ですね」
あかね、少し考えてから答えた。
「補完関係です」
この瞬間、
誰かが悟った。
この二人、セットだ。
こうして、
静かな臨時ヒロイン・高島里奈と
鉄仮面の臨時ヒロイン・内田あかねは、
誰にも派手に歓迎されることなく、
だが確実に、ヒロ室に欠かせない存在になっていった。
人気はない。
笑顔も少ない。
それでも――
現場は今日も、無事に回っている。
それが、
内田あかねという臨時ヒロインの
最大の功績だった。




