存在感ゼロ、影響力カンスト ― 地味すぎて現場が混乱する女
高島里奈が「今日もよろしくお願いします」と小さく頭を下げた瞬間、
そのイベント会場は、静かに、しかし確実に混乱への第一歩を踏み出していた。
誰も気づいていない。
この時点で、すでに手遅れだったことを。
都内某所、駅前再開発ビルの屋上イベントスペース。
戦隊ヒロインたちが集結する、いわゆる「地方向け小規模イベント」である。
主役は人気者の陽菜。
脇を固めるのが、美月、綾乃、理世、澪、美音。
そして――臨時ヒロイン兼裏方、高島里奈。
「里奈ちゃん、どこに立つの?」
美月が聞く。
「私は…えっと…ここで受付補助を…」
里奈はそう言って、壁際に一歩下がった。
この“一歩下がる”という行為こそが、後に大惨事を招くとは、誰も思っていなかった。
開場五分前。
「すみません、高島里奈さんって、どちらですか?」
スタッフがインカムで叫ぶ。
「え? 今、受付横に…」
「いません!」
全員が一斉に受付を見る。
――いない。
しかし実際には、いた。
ただし、
・グレーのジャケット
・ベージュのパンツ
・髪はひとつ結び
・名札は胸ポケットの内側
という完璧すぎる「現場スタッフ擬態」により、
誰一人“ヒロイン”として認識できなかったのだ。
「……消えた?」
澪が呟く。
「忍者か?」
美月が言う。
「いえ、あの人は最初から“そこにいない風”です」
理世が冷静に訂正する。
その頃、里奈はというと――
「こちらベビーカーの方、こちら通れます」
「トイレは奥です。段差ありますのでお気をつけて」
完全にベテラン会場係として機能していた。
来場者の老夫婦が言う。
「この会場、なんか落ち着くわねぇ」
「案内の人が優しい」
その“案内の人”が、
今まさに“行方不明のヒロイン”として捜索されている張本人だとは、誰も知らない。
ついに、遥室長が動いた。
「……真帆、これまずいわよ」
「ええ」
真帆は頷いた。
「“地味すぎて混乱”は、前例がありません」
「普通は目立ちすぎて問題になるのに…」
ステージ開始三分前。
「高島里奈さん、至急ステージ袖へ!」
アナウンスが流れる。
観客がざわつく。
「え、誰?」
「新しいヒロイン?」
「いたっけ?」
その時――
ステージ袖から、ぬっと現れる一人の女性。
控えめな笑顔。
深々としたお辞儀。
「お待たせしました。高島里奈です」
会場が一瞬、無音になる。
そして次の瞬間。
「……あっ!!」
「あの受付の人!」
「さっきトイレ教えてくれた!」
拍手が、じわじわと、しかし確実に広がった。
美音がぼそっと言う。
「……なんで裏方で人気取れるだ」
理世は腕を組む。
「“安心感”が過剰供給されている」
澪は首を傾げる。
「ねえ、あの人、ヒロインだったんだ」
「そこからかい!」
美月が突っ込む。
イベント後、楽屋。
里奈は申し訳なさそうに頭を下げていた。
「すみません……私、目立たないようにしていたら……」
「それが一番困るのよ!」
遥室長が珍しく声を上げる。
「存在感がなさすぎて、現場が混乱するなんて初めて!」
真帆が淡々と付け加えた。
「ですが、観客満足度は過去最高です」
「なんで!?」
「“何も起きなかったから”です」
一同、沈黙。
アンケート結果が貼り出される。
【本日の印象的な人物】
・受付の人が優しかった
・案内が完璧
・空気が穏やかだった
・あの人、また来てほしい
名前欄:高島里奈
里奈は紙を見つめて、ぽつりと呟く。
「……私、ちゃんとヒロイン、してますか?」
美月が肩を叩いた。
「してるしてる。
ただし“地味すぎて世界線がおかしい”だけや」
理世が締める。
「結論。
高島里奈は――存在しないことで、全体を成立させる女」
里奈は、よく分からないまま頷いた。
その背後で、次のイベントの申込書が届く。
備考欄:
「高島里奈さん常駐希望(目立たない形で)」
里奈は首を傾げる。
「……それ、ヒロインなんでしょうか?」
誰も答えなかった。




