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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク
プロローグ

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336/490

静かに売れた女と、静かに拗ねた女──誰も悪くない昼下がり

その日、ヒロ室のミーティングスペースは、いつになく静かだった。

いや、正確には音はあるが温度がない。


高島里奈は、いつものように資料をホチキスで留めていた。

無表情。

正確。

丁寧。


そして、彼女の机の端には──

完売報告書が一枚、そっと置かれていた。


「……また?」


誰かが呟いた。


里奈は顔を上げ、困ったように小さく首をすくめた。

「すみません……」


その瞬間、空気が一段下がった。


一番先に反応したのは、美音だった。


「ま、ええんじゃない?」

遠州弁特有の、力の抜けた口調。

「人気って、来るときは来るもんだら?」


その声は穏やかで、どこか諦観があった。

不人気歴が長い者にだけ許される、悟りの境地。


「私なんて、売れんのが通常運転だし」

そう言って、カップのお茶をすする。


完全に受け入れている。

むしろ清々しい。


だが、その横で。


理世は、黙っていた。


腕を組み、背筋を伸ばし、視線は斜め下。

まるで思考中のAIのような沈黙。


誰もが分かっていた。

これは――来る。


「……理解は、しています」


理世が口を開いた。

声は冷静。

感情の起伏はない。


「高島さんの人気は、偶発的ではなく、必然です」

「現場安定性、信頼性、安心感。いずれも数値化すれば高評価でしょう」


美音が目を丸くする。

「数字で来たか……」


理世は続ける。


「一方で、私の不人気も、構造的問題ではありません」

「単に、需要と供給のミスマッチです」


誰も反論できない。


だが。


「……しかし」


その一言で、全員が身構えた。


「感情は、理屈では処理できない場合があります」


理世の視線が、ほんの一瞬だけ里奈に向いた。

責めてはいない。

だが、比べてはいる。


「私は、努力してきました」

「数字も、役割も、責任も、すべて背負ってきたつもりです」


淡々とした声。

だからこそ、重い。


里奈は慌てて立ち上がった。


「いえ! 私、何も……!」

「何もしていない、という点も含めてです」


ピシャリ。


空気が、凍った。


だがその直後、美音が割って入った。


「理世さぁ」

ゆるい遠州弁で、しかし核心を突く。


「それ、拗ねとるだけだら?」


一瞬、沈黙。


理世は、わずかに眉を動かした。

「……否定はしません」


正直すぎて、誰も笑うしかなかった。


「拗ねる権利くらい、あると思います」

理世は続ける。


「誰も悪くない状況ほど、人は行き場を失う」

「それが、今です」


論文の結論みたいな拗ね方だった。


美音は肩をすくめる。

「拗ねるなら、もっと分かりやすく拗ねりゃいいじゃん」


「感情表現が得意ではありません」


「知っとる」


即答だった。


里奈は、完全に居場所を失っていた。


「……あの……」

「高島さんは、悪くありません」


理世が先に言った。

「それは、明確に断言します」


「ただ……」


全員が身構える。


「静かな人気は、周囲をざわつかせる」

「それが、問題なのです」


理世の視線が宙を泳いだ。

自分でも整理しきれていない感情。


美音は、ふっと笑った。


「ま、ええじゃん」

「人気って、奪い合うもんじゃないし」


「売れん私が言うのもなんだけどさ」

「売れない側にも、意地ってもんはあるけど」


理世が小さく頷いた。


「……あります」


二人の間に、奇妙な連帯感が生まれた。


その日の結論は、出なかった。

出るはずもなかった。


ただ一つ、全員が理解した。


・里奈は悪くない

・美音は諦めが早すぎる

・理世は拗ねている

・そして、誰も悪くない


里奈は、その夜、日報にこう書いた。


「本日も特記事項なし」


嘘である。

だが、彼女らしい嘘だった。


静かな人気は、

静かに、周囲を揺らし続ける。


次に揺れるのは、

きっと、本人だった。

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