陽菜です(大嘘)――代打ヒロイン、正体バレ最前列事件
白石陽菜にドクターストップがかかると、
現場は一瞬だけ静まり返る。
そして次の瞬間、全員の視線が、
赤嶺美月に集まる。
「……来たな」
美月は白いリボンを手に取り、
深くため息をついた。
「ほな、行くで。“陽菜二号機”」
今やお約束になりつつある代打出演。
美月の陽菜モノマネは、もはや芸だった。
ぴょん、ぴょん。
小動物のように跳ね、
両手を胸の前でぎゅっと合わせる。
「みんな〜! 陽菜だよぉ〜♡」
声、違う。
テンポ、速い。
可愛さ、三割増し。
だが――会場は湧く。
「出たー!」
「今日も来た!」
「陽菜ちゃん……いや違うけど!」
舞台袖で見ていた真帆は、
こめかみを押さえながら呟いた。
「これは……もはや文化ですね」
控室ではもっとひどかった。
美月がリハーサルで
陽菜の仕草を誇張しすぎて、
くるっと回った拍子に自分で自分のリボンを踏み、
転びそうになる。
「きゃっ☆ ……あぶなっ!」
それを見た瞬間、
真帆、紗絢、美紀、そして――
「……ぷっ」
ベッドに座っていた陽菜が、
ついに吹き出した。
「ご、ごめんなさい……!」
「私、あんなに動いてませんよね!?」
「動いとるで」
美月は真顔で言う。
「本人は自覚ないだけや」
「えええ……」
控室は爆笑に包まれた。
だが事件は、その日の本番で起きた。
美月が陽菜になりきって登場すると、
最前列にいた小学校低学年くらいの少年が、
腕を組んでじっと見つめてから、
はっきりと言った。
「……それ、陽菜ちゃんやなくて美月やん」
会場がざわつく。
美月は一瞬だけ固まったが、
即座に切り替えた。
「陽菜だよ〜?」
間。
「嘘つけ。美月やん」
さらに一瞬の沈黙。
次の瞬間――
美月の素が飛び出した。
「美月やないわ!!」
河内弁、全開。
「ちょ、ちょっと!」
「今、完全に素!」
「誰や今の!」
会場は一拍遅れて、
大爆笑に包まれた。
少年は満足そうにうなずく。
「やっぱりやん」
美月はハッと我に返り、
両手で口を押さえた。
「あっ……しまった……」
だがもう遅い。
観客席では、
「最高や!」
「正直すぎる!」
「今日一番おもろい!」
拍手喝采。
イベントは大成功だった。
終了後、控室。
美月は白いリボンを机に置き、
珍しく神妙な顔をしていた。
「……野次はええねん」
全員が注目する。
「せやけどな、戦隊ヒロインとして
“陽菜です”って言うて出とる以上、
嘘はあかんわ」
「おお……」
真帆が小さく感心する。
「嘘ついて、しかも即バレて、
さらにキレるのは……ヒロインとして未熟や」
「そこ!?」
美紀が突っ込む。
美月は腕を組んで唸った。
「次からはな……
“代打の陽菜”として出る」
「どういうことですか?」
「最初から言うねん。
“今日は代打やけど、全力でやるで”って」
陽菜が、静かに頷いた。
「……それ、嬉しいです」
「本物がおるんやから」
美月は照れくさそうに笑う。
「代役は代役で、堂々とやらなあかん」
その場の空気が、少しだけ大人になった。
真帆はメモを取りながら言った。
「では、正式に
“代打出演・赤嶺美月(本人)”で行きましょう」
「誰が本人や!」
笑いが戻る。
白石陽菜は、
少しだけ胸が軽くなった気がした。
自分が休んでも、
ちゃんと舞台は続く。
しかも、
こんなにも賑やかに。
白いリボンは、
今日は正直者に結ばれていた。
――それもまた、ヒロインの形だった。




