白衣と診断書と、笑顔の裏側 ――安岡真帆が一線を越えさせなかった日――
戦隊ヒロインプロジェクトにおいて、
陽菜という名前は“切り札”だった。
子ども受けは抜群。
写真を撮れば笑顔の中心。
イベント告知に名前が入るだけで集客が一段上がる。
だが同時に、
出演前に必ずメディカルチェックが必要なヒロイン
という事実も、内部では周知されている。
控室では、その日のチェックが始まっていた。
「血圧、問題なし」
「脈拍……ちょい早めじゃな」
白衣姿でカルテを見るのは
岡山出身の医師兼戦隊ヒロイン・藤崎紗絢。
その隣で、
メモと体温計を握りしめているのが
看護学生ヒロイン・松本美紀だ。
「陽菜ちゃん、昨日は何時に寝た?」
「えっと……一時くらいかな」
「遅いよ。看護学生的にアウトだね」
美紀の真顔に、陽菜が小さく肩をすくめる。
「今日は出番短めじゃな」
「短めでも、無理はできませんね」
二人の会話を聞きながら、
安岡真帆は静かにスケジュール表を閉じた。
その直後だった。
フロントの電話が鳴る。
表示された番号を見て、真帆は一瞬だけ目を細める。
「はい、ヒロ室です」
声は丁寧。
だが内容は、いつもの“それ”だった。
・陽菜をメインに
・体調のことは配慮する
・自治体として“お願いしたい”
要するに、
責任は取らないが顔は出せ
という話だ。
真帆は相づちを打ちながら、
紗絢と美紀に目配せする。
「ええ、ええ……承知しました」
電話を切ったあと、
美紀が真っ先に口を開いた。
「……それ、無理ですよね?」
「無理じゃな」
紗絢は即答した。
「今日の陽菜は“出られる”けど、“使い倒す”状態じゃない」
その言葉を聞いて、
真帆の中でスイッチが入った。
真帆は再び受話器を取る。
今度は、
一切の愛想を削ぎ落とした声だった。
「先ほどの件ですが」
「陽菜さんの出演は、医療判断を最優先します」
相手が何か言いかける。
「それが受け入れられない場合、
イベント自体を辞退します」
沈黙。
「……そこまで?」
「そこまでです」
真帆は淡々と続ける。
「医師の判断を無視する企画には、
我々は参加しません」
結果として、
イベントは構成変更。
陽菜の出演は短時間、
フォロー役に回る形になった。
控室で、陽菜が首を傾げる。
「今日、あんまり出てませんよね?」
「それでええのよ」
紗絢が即答する。
陽菜は少し考えてから、
真帆を見る。
「……真帆さん、怒ってました?」
「怒ってない」
「でも、目が怖かったです」
真帆は一瞬だけ笑った。
後日。
例の“圧”をかけてきた関係者は、
別件で静かに表舞台から消えた。
理由は表に出ない。
だがヒロ室の空気は察していた。
スタッフが小声で言う。
「あの人……
笑顔のまま人を詰ませるタイプですよね」
それを聞いた紗絢が、
眼鏡を直しながら一言。
「医者と秘書を同時に敵に回す方が悪い」
美紀も真顔で頷く。
「社会的に不健康です」
それが、
このプロジェクトにおける
絶対条件だと、
真帆は誰よりも理解している。
正義は拍手されない。
だが、診断書は嘘をつかない。
そして真帆は今日も、
スケジュール表に囲まれながら、
何事もなかった顔でフロントに座るのだった。




