秘書は国家を回し、ヒロ室も回す ― 山口から来た即戦力
新橋のヒロ室には、最近ひとつの噂が流れていた。
――「フロントが急に静かになった」。
ついこの前まで、電話は鳴りっぱなし、陳情書は雪崩、イベント依頼は時差攻撃。
美月は「もう分身したいわ!」と叫び、彩香は「国会より荒れてるで!」とキレ、綾乃は「これはもはや政治案件どす」と達観していた。
それが今や、妙に落ち着いている。
「……なあ、最近ヒロ室、平和すぎへん?」
美月が首をかしげると、彩香も頷く。
「せやな。嵐の前の静けさか思たら、ほんまに静かや」
原因は一人しかいない。
――安岡真帆。
たまに山口弁がふっと漏れるその女性は、つい先日、鮮やかすぎる手腕でヒロ室フロントの大混乱を鎮圧した張本人だった。
「おうおう、そりゃ静かにもなるわな」
波田顧問が腕を組み、鼻で笑う。
「なにしろよ、あの女ぁ、ガチもんの私設秘書だ」
ヒロインたちが一斉にざわついた。
「現役!?」
「元やなくて!?」
「ちょ、マジのやつやん……」
「マジもマジ、大マジだ」
波田顧問はべらんめえ口調で続ける。
「山口選出、与党のど真ん中。
大臣もやって、裏も表も知り尽くしてる――
その先生の、直付きの秘書だ」
場の空気が一段重くなる。
「しかもな」
波田顧問はニヤリと笑う。
「その先生、ヒロインプロジェクト立ち上げの時に
裏で一枚噛んでた張本人だ」
「うわ……」
「黒すぎる……」
「ラスボス側やん……」
「ばーか、黒じゃねぇ。政治だ」
波田顧問は一刀両断する。
「でよ、最近その先生が言いやがったんだ」
波田顧問、急に声色を変えてモノマネ調。
「『波田ぁ、ヒロ室が忙しすぎるっちゅう話だな。
若ぇの一人、修羅場に放り込んで鍛えてやれ』」
「完全に人材派遣のノリやん……」
美月が呟く。
「そうだよ。で、飛んできたのが安岡真帆だ」
波田顧問は肩をすくめる。
「書類は一晩、根回し三手先、
怒鳴られても笑って返す――
秘書界の化け物だよ」
真帆は山口県宇部市出身、26歳。
先祖代々、その代議士を支援してきた家系で、
「うちは票も口も出す家系ですけぇ」と笑うあたり、すでに只者ではない。
大学卒業後、そのまま私設秘書に。
理知的で落ち着いた雰囲気、キャリアウーマン感満載。
だが中身は、電話一本で修羅場を片付ける現場叩き上げ。
「でよ、その先生が真帆に言ったんだ」
波田顧問は指を立てる。
「『フロントだけやらせるのはもったいねぇ。
ヒロインにも入れてもらえ』ってな」
ヒロイン一同、再びざわつく。
「いやいやいや」
「秘書さんやろ!?」
「戦うん!?」
その疑問に、真帆本人は淡々と答えた。
「護身と制圧くらいは出来ますけぇ。
秘書やるなら、最低限です」
「最低限のラインがぶっ壊れてやがる……」
彩香が真顔で突っ込む。
実際、イベント現場では、
・段取りを読み
・客層を見て
・来賓の動線を整え
・トラブルが起きる前に潰す
という、フロント兼参謀の動きを完璧にこなす。
戦闘訓練では、
「……これ、国会周りで覚えました」
という意味深な一言とともに、無駄のない制圧。
「おいおい」
彩香が顔をしかめる。
「その“覚えた”って、どんな現場やねん」
「さあ……記憶にございませんけぇ」
真帆は涼しい顔だ。
「ほらな?」
波田顧問が肩をすくめる。
「一番触っちゃいけねぇタイプだろ?」
美月がぼそっと言った。
「なあ……敵に回したら一番あかん人ちゃう?」
綾乃が深く頷く。
「静かに包囲網を敷くお方どす」
こうして、
元・国会議員私設秘書にして
現役フロント、
そして戦隊ヒロインという、
前代未聞の肩書きを持つ安岡真帆は、正式にヒロ室の一員となった。
「国家を回してきた女がよ」
波田顧問は笑う。
「今度はヒロ室を回すんだ。
こりゃあ、面白ぇことになるぜ」
ヒロ室は今日も平和だ。
それはつまり――
真帆が全部、裏で片付けているということなのであった。




