秘書は増えるよ、仕事も増えるよ ― ヒロ室に現れた最終兵器
――新橋のヒロ室は、今日も戦場だった。
極秘任務とはいえ、とある大使館占拠事件を水面下で解決に導いたという噂が、どこから漏れたのか。戦隊ヒロインプロジェクトは、いまや「正義の象徴」どころか「何でも屋」に進化していた。
イベント出演依頼はもちろん、自治体からの陳情、省庁からの相談、なぜか商店街の福引き抽選会の司会依頼まで舞い込む始末である。
「これ、どっから手ぇつけるん……」
ヒロ室ミーティングスペースで、小宮山琴音が机に積み上がった書類の山を見て、静かに魂を抜いた。
向かい側では、遥室長がいつもの穏やかな駿河弁を封印し、完全に無言でスケジュール表と格闘している。
この二人――通称“静甲コンビ”は、普段なら鉄壁である。
調整力、根回し力、忍耐力、どれを取っても一流。
だが今回は違った。
「……遥さん、これ以上詰めたら、ヒロインが分裂します」
「ですよねぇ……物理的にも精神的にも……」
ヒロイン側も阿鼻叫喚だった。
美月は「全部出たるわ!」と吠え、彩香は「身体が一つしかあらへん!」とキレ、綾乃は「これは政治的判断が必要どす」と言いながら、ちゃっかり紅茶を淹れている。
そのときだった。
ヒロ室のドアが、ノックもなく静かに開いた。
現れたのは、黒のジャケットに白シャツ、無駄のない立ち姿の女性。
年齢は二十代半ば。背筋が伸び、目線は低く、しかし空気を完全に掌握している。
「失礼します。今日からこちらでお世話になります、安岡真帆です」
一瞬、時が止まった。
「……誰?」と美月。
「……秘書さん?」と彩香。
「……ただ者やあらしまへんな」と綾乃。
遥室長だけが、ゆっくりと立ち上がった。
「……お噂は伺ってます。元・国会議員私設秘書の」
真帆は小さく会釈し、机に積まれた書類の山を一瞥した。
「……多いですね。優先順位、付けてます?」
「一応……」と琴音が言いかけた瞬間、真帆はもう動いていた。
書類を三つに分け、ペンを走らせ、付箋を貼り、電話を取り、同時にメモを取る。
しかも無言。
「え、ちょ、今なにが起きてるん……?」と美月が小声で彩香に聞く。
「知らん……でも、仕事できる人の音がする……」と彩香が震える。
十分後。
「はい。陳情案件は三件、延期二件、即対応一件。イベントは被りを解消しました。省庁案件は、こっちは“様子見”で大丈夫です」
遥室長と琴音は、完全に固まっていた。
「……あの、真帆さん」
「はい?」
「……今、何を……?」
「普通のことですけぇ。溜めたら、回らんようになるじゃろ?」
山口弁が、さらりと混じった。
その瞬間、ヒロ室の空気がふっと緩んだ。
「なにそれ、ズルいやん……」と美月。
「標準語で殴って、方言で癒すタイプや……」と彩香。
「これは反則どす」と綾乃が頷く。
それからの真帆は、まさに最終兵器だった。
電話一本で話を通し、相手を立て、こちらの要求を自然に飲ませる。
怒鳴らず、詰めず、だが一歩も引かない。
「無理は無理言うたほうが、あとで楽ですけぇ」
その一言で、何件もの“無茶振り案件”が自然消滅した。
夕方。
ヒロ室には、久しぶりの静けさが戻っていた。
「……生き返った……」と琴音。
「助かりました……本当に……」と遥室長。
真帆は少し照れたように笑い、言った。
「いえ。ここ、守るもんが多いですけぇ。やりがい、あります」
その背中を見て、ヒロインたちは直感した。
――この人は、前に出るヒロインじゃない。
――でも、いないと全部が崩れる人だ。
「なあ美月」
「ん?」
「この人、怒らせたら一番怖いやつやと思わへん?」
「……うん。静かに殺しに来るタイプや」
その日、ヒロ室に新しい肩書きが生まれた。
“フロント兼ヒロイン・安岡真帆”。
戦隊ヒロインプロジェクトは、
また一段、**現実に強くなってしまったのであった。




