火の国から来た安定感 ― 船橋経由・熊本背負いヒロイン西里香澄
熊本から上京して、まだ数週間。
にもかかわらず、西里香澄はもう完全に“東京の人”だった。
――正確に言うと、船橋の人である。
「東京は怖かとこって聞いとったばってん、船橋は優しかですねぇ」
初日にそう言っていた香澄は、今や京成線もJRも迷わず使い分け、
東船橋駅前のスーパーの特売日まで把握している。
「この時間帯は総菜が安くなるけん、先に買っとくとよ」
もはや新人ではない。
生活導線が完成しているヒロインという、謎の称号を獲得していた。
イベント当日。
香澄は戦隊ヒロイン制服に身を包み、ステージ袖で深く息を吸う。
――船橋から見る熊本。
距離は遠い。空気も違う。
それでも、熊本を離れたからこそ、はっきり見えるものがあった。
「熊本は、あったかかですね」
そう呟いて、ステージへ出る。
観客の反応は相変わらず上々だった。
落ち着いた声、間の取り方、子どもへの視線の高さ。
「くま◯ンのお姉さーん!」
呼ばれるたびに、香澄は笑顔で手を振る。
熊本を背負っているという自覚が、表情ににじんでいた。
舞台裏では、年下ヒロインたちが自然と集まってくる。
「香澄さん、さっきの立ち位置どうでした?」
「香澄さん、あの子泣きそうでしたよね?」
「香澄さん、MCの入り方なんですけど……」
香澄は一人ひとりの顔を見て、丁寧に返す。
「大丈夫たい。今のはちゃんと伝わっとった」
「次は少しだけ声落としてみらんね」
「慌てんでよか。客席はちゃんと味方だけん」
その様子を見て、古参ヒロインが首をかしげる。
「……この人、何年目だっけ?」
「え、今年加入だよね?」
加入即・安心感MAX。
それが西里香澄だった。
イベント後、ヒロ室でのミーティング。
遥室長が珍しく少し真面目な声で話し出す。
「香澄さん。今後の話、少しええ?」
駿河弁が、ほんのり抑えられている。
「九州全土での展開を、そろそろ本気で考えたいと思っとる」
香澄は背筋を伸ばした。
「九州は地理的にも重要な地域だし、
将来的には拠点になる可能性も高い」
――安全保障。
その言葉が出た瞬間、場の空気が少し変わる。
「その時、中心になって動いてほしい人がおる」
遥室長は、まっすぐ香澄を見る。
「香澄さん、あんたや」
一瞬、香澄は言葉を失った。
「……私で、よかとですか」
「よかも何も、適任だら」
即答だった。
そこへ、追い打ちのように入る連絡。
熊本産業交通からだった。
「香澄、聞いたばい。戦隊ヒロイン、九州で本格展開するっち?」
電話口の声は、妙に張り切っている。
「うちは観光バスも高速バスも九州全土に網張っとるけんね」
「全面協力するばい」
「香澄は、会社の顔でもあるけん」
広告塔。
その言葉に、香澄は小さく笑った。
「……背負うもんが、また増えましたね」
電話を切ったあと、香澄は制服の右袖を見る。
そこにある、くま◯ンのワンポイント。
熊本。
会社。
戦隊ヒロイン。
そして、これからの九州。
背負うものは、確かに重い。
でも――
「火の国の人間は、重かもんほど燃えるとです」
そう言って、香澄は笑った。
その笑顔は、どこか覚悟を帯びていた。
こうして、
火の国を背負うヒロイン・西里香澄の第一章は、静かに幕を下ろす。
――次に燃え上がるのは、九州全土だ。
誰もが、そう予感していた。




