右袖にクマの魂、左胸にバス会社──熊本発・戦隊ヒロイン西里香澄、堂々デビュー
戦隊ヒロインプロジェクトのイベント会場で、最初に異変に気づいたのは客席ではなく、ステージ袖にいた隼人補佐官だった。
「……あれ? もう三年くらい前からおる人みたいな立ち方しとるな」
新人ヒロインのはずの西里香澄が、マイクを持って一歩前に出る。その瞬間、場の空気がすっと落ち着いた。
歓声は上がるが、どこか安心感がある。ざわつかない。
まるで――観光バスが発車する前の、あの独特の「任せて大丈夫」な空気だ。
「本日はお越しいただき、まことにありがとうございます。熊本から参りました、西里香澄です」
透き通る声。よく通る。張り上げていないのに、最後列まで届く。
これには隼人補佐官も、思わず腕を組んでうなずいた。
「そら会社も手放さんわ……」
西里香澄、二十四歳。
生まれも育ちも熊本市。高校卒業後、地元の老舗バス会社・熊本産業交通に入社し、バスガイド一筋で生きてきた女である。
清楚で古風、どこか昭和の香りを残した佇まい。
熊本出身の有名な美人演歌歌手を思わせる顔立ちに、穏やかな熊本弁。
それでいて、声は澄み切っている。
「次は阿蘇の外輪山が見えてまいりますけんね〜」
この一言で、車内が静まり返る。
香澄のガイドは、説明が上手いというより“聞きたくなる”。
結果、彼女の担当ツアーはリピーター続出。ついには「西里香澄ガイド同行ツアー」なる商品まで誕生した。
さらに厄介なのは――
マイクを持たせると、歌まで上手い。
宴会場で何気なく歌った一曲が、拍手喝采。
「ちょっと一節」のつもりがアンコール。
後輩の面倒見も良く、職場では“若手なのに姐さん枠”。
そりゃあ会社も言う。
「西里ば、出すわけにいかんでしょうが!」
それでも香澄は、悩んだ。
熊本を出るつもりは、正直なところ一ミリもなかった。
だが――
「一度、外から熊本を見てみたか」
この思いが、どうしても消えなかった。
紆余曲折の末、熊本産業交通から“全面バックアップ付き出向”という異例の形で、戦隊ヒロインプロジェクトに参加。
制服の右袖には熊本のゆるキャラ、左には社章。
背負っているものの重さを、香澄はよく分かっていた。
「熊本ば、恥ずかしか姿では出られんですけん」
その覚悟は、研修中から際立っていた。
段取り、立ち位置、声の通し方。
新人がつまずくポイントを、全部さらりとクリアしていく。
デビューイベント当日。
詩織がマイクのコードに絡まり、陽菜が進行表を逆さに持って右往左往していると、香澄は自然に間に入った。
「はいはい、詩織ちゃん一回落ち着こ。陽菜ちゃん、それ上下逆たい」
二人は即座に正気に戻る。
「香澄さん……お姉ちゃん……」
「す、すみません……」
いつの間にか、香澄は年下ヒロインたちのお姉さん役に収まっていた。
隼人補佐官は、その様子を見て思わず苦笑する。
「口説き落としたつもりが、現場の背骨まで連れてきてしもうたな……」
イベント終了後、控室。
香澄は制服の右袖をそっと撫でる。
「熊本は、置いてきたわけじゃなか。背負って来たとです」
その言葉に、なぜか拍手が起きた。
誰が始めたのか分からないが、場は妙に温かい。
こうして――
熊本を背負う戦隊ヒロイン・西里香澄は、
派手さより信頼で、
爆笑より安心感で、
静かに、しかし確実に居場所を掴んでいくのだった。
なおこの後、
「バスガイド目線でのイベント導線改善案」を提出し、
ヒロ室スタッフ全員を震え上がらせたことは、また別の話である。
――熊本の魂、今日も右袖に。




