渋滞は止まっても、空気は止めない ― 熊本バスガイド、現場を制圧す
九州各地を巡る戦隊ヒロインイベントツアーは、三泊四日という、体力・精神力・忍耐力のすべてを試される行程だった。
移動は熊本産業交通バスを一台丸ごと貸し切り。
バスの中にはヒロイン、ヒロ室スタッフ、機材係、なぜか同行しているまさにゃん室長代理まで詰め込まれている。
そのバスの通路に、背筋を伸ばして立っていたのが――
熊本産業交通バス所属、バスガイドの西里香澄だった。
熊本弁がほんのり混じる、やわらかい口調。
でも声はよく通り、説明は無駄がない。
「プロやな」と思わせるタイプの人間である。
一日目は問題なかった。
二日目の午前中までは。
高速道路上で事故が発生し、バスは見事に渋滞に捕まった。
「……まだ動かへんの?」
「このままやとリハ押すやん」
「最悪、出番順変えなアカンやつやん」
スタッフの声が次第に尖り始める。
ヒロインたちもざわつき出した。
そして、当然のように始まる――
赤嶺美月と西川彩香の、いつもの子供じみた喧嘩。
「今日は私が真ん中や言うたやろ!」
「何言うてんねん! 昨日あんた真ん中やったやろが!」
「それは昨日の話や!」
「今日も同じ顔やんけ!」
誰も止めない。
いや、正確には止められない。
その瞬間だった。
「はい、ちょっとよろしかですかー」
穏やかな声。
だが、不思議と車内のざわつきがスッと引いた。
香澄がマイクを手に取っていた。
「現在、前方で事故がありまして、完全に流れが止まっとります。
怒っても、車は動きません。
けん、今は落ち着いていただけると助かります」
淡々と、しかし的確に状況を説明する。
到着予想、会場への連絡状況、代替案まで一気に話す。
スタッフが思わずメモを取り始める。
さらに香澄は、喧嘩の中心にいる二人に目を向けた。
「それから……そこのお二人さん」
美月と彩香がピタッと黙る。
「ステージの立ち位置は大事ですたい。
ばってん、今は“座っとる席順”で決めましょ。
あとでちゃんと話せばよかです」
一瞬の沈黙。
「……まあ、ええか」
「今はしゃあないな」
なぜか二人とも素直に従った。
車内から拍手が起きそうになるのを、スタッフが必死でこらえる。
結局、イベントは遅れながらも無事開催。
観客対応も進行も大きな混乱はなかった。
その夜。
宿のロビーの片隅で、
隼人補佐官と波田顧問が小声で話していた。
「……あのバスガイド、現場判断が異常に早い」
「クレーム対応、場の空気の掴み方、全部プロだな」
「九州展開、ああいう人材が一番要る」
数日後、香澄は水面下で呼び出される。
「戦隊ヒロインプロジェクトに、参加する気はありませんか?」
唐突な誘いに、香澄は一瞬言葉を失う。
「わたし、バスガイドの仕事が好きなんです」
「会社にも相談せんと……」
そう言いながらも、目は少しだけ輝いていた。
「ばってん……
“案内する場所”が変わるだけなら、悪くなかですね」
返事は保留。
だが、本人はどう見ても前向きだった。
もっとも――
バス会社との調整、立場の問題、スケジュール、
そして何より、戦隊ヒロインという世界のクセの強さ。
香澄の加入には、
まだいくつものハードルが待ち構えている。
だがこのとき、
誰もが一つだけ確信していた。
――この女、現場向きだ。
渋滞は解消したが、
物語は、ここからが本番である。




