拝むな測るな、だいたい触るな ―理屈で祈り、データで祓い、全員ちょっと黙った夜―
盛岡オカルト騒動が「なんとなく有耶無耶のまま終わった翌週」、新橋ヒロ室は妙に静かだった。
理由は簡単だ。
誰もが余計なことを言うと、また何か始まる気がしていたからである。
「……なあ柚希」
沈黙を破ったのは、美月だった。
「この前のアレ、
結局“おる”ん?“おらん”ん?」
問いの雑さが、すでに敗北を物語っている。
柚希は少し考え、南部弁で静かに言った。
「おるか、おらんか、言い切れるもんではねぇです。
ただ、“近づかね方”は昔から決まってる場所、ですな」
「ほらぁ!あやふややん!」
その瞬間、ドアが開いた。
「“あやふや”って言葉、
理系には一番コスパ悪いんですよ」
入ってきたのは、稲生明日香だった。
白衣こそ着ていないが、空気がもう研究室のそれである。
「スピリチュアルは信じません。
でも、無視もしません」
開幕からややこしい。
「信じへんのに否定せぇへんって、
それ一番信用できへんタイプやん」
彩香の播州弁が火をつけた。
明日香は涼しい顔で続ける。
「人間が“怖い”と感じる時、
心拍、皮膚電位、視線移動は必ず変わります。
それは“気配”じゃなくて、生理反応です」
「でも」
柚希が一歩前に出る。
「昔の人は、数値が取れなかったから、
物語にして残したんです」
「物語は主観です」
「でも、何百年も生き残ってます」
――静かな火花。
周囲のヒロインたちは、完全に置いていかれていた。
「え、今どっち勝ってるん?」(美月)
「両方強すぎて判定不能です」(詩織)
「乾燥してますね……空気が」(美紀)
そして、最悪の提案が飛び出す。
「実地で確かめましょう」
明日香だった。
「盛岡にある“曰く付き”の場所。
柚希さんは伝承を、私は測定を。
結果がどうであれ、データは取れます」
「ちょ、待てや!
なんで毎回、現地行く流れになんねん!」
こうして――
全員参加の、誰も得しない実験が決行された。
現地は、見た目はただの静かな場所だった。
何も起きない。
風も普通。
鳥も鳴いている。
明日香はタブレットを見て言う。
「心拍正常。環境ノイズ低。
――現象なし」
「……ほらな!」
彩香が勝ち誇る。
だが、帰り道。
全員が、同時に足を止めた。
「今……」
美月が言いかけて黙る。
理由が分からない。
ただ、一歩進むのが嫌だった。
明日香がデータを確認する。
「……数値は変わってない。
でも、判断がズレてる」
柚希は静かに言った。
「だから、近づくな、って言うんです」
誰も反論できなかった。
ヒロ室に戻った後。
明日香は白板を消し、こう言った。
「科学で説明できる部分もある。
でも、人の行動を制御するのは、
理屈だけじゃない」
柚希はうなずく。
「民俗学も万能じゃねぇです。
ただ、“軽く扱うな”って知恵は、
確かに残ってます」
彩香は深くため息をついた。
「……もう勝ち負けとかええわ。
混ぜたらアカンもん、世の中にはある」
その時、美月が満足そうに言った。
「ほら見てみ。
一番楽しんどるん、
結局ウチやろ?」
誰も否定しなかった。
こうして――
スピリチュアルも、科学も、民俗学も、
どれも決定打を出せないまま、
この話は終わった。
ただ一つ、全員が一致した結論だけが残った。
「分からんもんは、雑に扱ったらアカン」
そしてヒロ室には、
再び“触れてはいけない話題”が一つ増えたのであった。




