盛岡から来た最終兵器 ― 静かなる薙刀、騒がしきヒロ室
中野柚希という名前を最初に聞いたとき、
ヒロインたちの脳裏に浮かんだイメージは、だいたい同じだった。
「……優しそう」
「……おっとり?」
「……地味?」
盛岡市出身。
温和そうな東北美人。
やや垢ぬけないが、肌は白く、声は低めで落ち着いている。
要するに――
刺激ゼロ。
しかし、ヒロ室はこれまで何度も学んできた。
「地味=無害」ではないということを。
柚希は岩手県盛岡市生まれ、盛岡市在住。
地元から一歩も離れず、地元の国立大学で民俗学を研究している。
研究テーマは
「東北地方における祭礼と武芸の関係性」。
……この時点で、
美月は話を聞くのをやめていた。
「難しい話は後にしてぇな!」
「美月はん、これは“後”にしても一生来ませんえ」
綾乃が冷静に切り捨てる。
柚希はそれを見て、
「あ、大丈夫です。私も説明下手なので」
と、申し訳なさそうに微笑んだ。
控えめ。
だが、この一言で分かる。
――自己認識が正確。
ある日、戦闘訓練。
ヒロ室の一角で、模擬戦が始まった。
「じゃあ、軽くいきましょうか」
そう言った柚希の手には、
薙刀。
誰かが言った。
「……え?」
美月が首を傾げる。
「それ、飾りちゃうん?」
次の瞬間。
ブンッ――!!
風が鳴った。
空気が切れ、床のマットがズレ、
見ていた全員が一歩下がった。
「……達人やん」
彩香が思わず関西弁を忘れる。
実は柚希、
薙刀の有段者。
しかもかなりの実力。
本人は淡々としている。
「盛岡は、割とやってる人多いので」
嘘である。
そんなに多くない。
隼人補佐官が小声で言う。
「アタッカー……ですね」
遥室長が頷く。
「ですね。静かな人ほど怖いですし」
だが、柚希の恐ろしさは、
戦闘力だけではなかった。
性格はほんわか。
極めて温厚。
物静か。
――なのに。
「騒がしいの、苦手じゃないです」
これがまた厄介だった。
美月と彩香が口喧嘩を始める。
「だからウチが先言うたやろ!」
「言うてへん言うてへん!」
そこに柚希が、
「……あの、お二人とも、声量がちょっと大きいかなって」
と、静かに言う。
たったそれだけ。
なぜか、
二人が黙る。
「……あれ?」
「……今、注意された?」
綾乃がふふっと笑う。
「静かに刺さる言い方どすなぁ」
◇
柚希はすぐに、
みのりとひかり――グレースフォースと打ち解けた。
「民話の構造、すごく面白いですね」
「ですよね、盛岡の話も聞いてみたいです」
知的会話が成立する。
詩織、陽菜、美紀とも距離が縮む。
「喉、乾燥しやすいですよね」
「南部の冬、地獄なので」
共有できる話題が多すぎた。
一方で、西日本ヒロイン。
美月は最初、
「おとなしいし、合わへんやろな」
と思っていた。
彩香も、
「静かすぎて逆に怖い」
しかし――
柚希の対応力は、
東北人にしては異常に高かった。
美月がボケる。
柚希、微笑んで拾う。
彩香がツッコむ。
柚希、静かに補足。
綾乃が皮肉を言う。
柚希、笑顔で受け止める。
「……なんやこの人」
美月が呟く。
「全部受け流すやん」
そして、問題が起きる。
「……柚希さんのほうが、東北っぽいよね」
誰かが言った。
誰かが頷いた。
気づけば、空気ができていた。
「玲香より……」
という、禁句付きで。
佐々木玲香、黙る。
プライドが、
静かに軋む音がした。
柚希はそれに気づき、
「えっ、そんなことないです」
と本気で否定する。
しかし――
もう遅い。
玲香の中で、
“静かな盛岡”がライバルに昇格した瞬間だった。
その日の終わり。
柚希はノートを閉じて、
小さく息をついた。
「……賑やかですね」
「嫌い?」と聞かれ、
少し考えてから言う。
「いえ。
でも、静かな人が一人くらいいても、
バランス取れるかなって」
誰も反論できなかった。
こうして――
盛岡から来た、
**最終兵器(静音型)**は、
今日もヒロ室で、
一番騒がしい場所を、
一番静かに制圧していた。




