この部屋、うるさすぎませんか? ― 盛岡から来た静音兵器・中野柚希
新橋ヒロ室のミーティングスペースは、その日も平常運転だった。
平常運転、つまり――動物園である。
「せやから言うてるやろ! それはウチの立ち位置や!」
「はぁ!? そこ昨日あたしが立ったとこやん! 記憶力どないなっとんねん!」
赤嶺美月と西川彩香。
内容のない、声量だけは一流の争いが勃発していた。
机を叩く美月。
腕を組んで睨み返す彩香。
もはや何の話をしているのか、本人たちも分かっていない。
そこへ、
「まぁまぁ……お二人とも、そんなに声張らんでもよろしおすえ」
西園寺綾乃が、はんなりと割って入る。
声音は柔らかいが、目は笑っていない。
「ここは会議室どす。動物園やあらしまへん」
「誰がサルやねん!」
「いや、言うてへん言うてへん」
仲裁しているようで、微妙に刺す。
京都仕草である。
彩香がむくれる。
「ほら~、綾乃まで敵に回したら不利やん?」
「最初から敵やろ」
「何言うてますの。わたしは常に“中立”どす」
――その横で。
東日本ヒロイン側は、まるで別世界だった。
みのりとひかり、グレースフォースの二人は、相変わらず静かに隣同士。
「今日の構成、民話パートが入るの良いですね」
「うん、感情曲線が安定する」
詩織が喉を気にしながら言う。
「今日は乾燥してますね……」
陽菜がすぐに反応する。
「ですね。喉に来ます」
美紀が即座に続ける。
「詩織さん、あとで加湿器入れましょう。声帯は消耗品です」
誰も怒鳴らない。
誰も揉めない。
知性の暴力である。
ベイサイドトリニティの三人は相変わらずバラバラだ。
澪は壁にもたれてスマホ、
沙羅は腕を組んで天井を睨み、
理世はペンを回しながら完全に別世界。
そこへ――
ヒロ室の扉が開いた。
遥室長が、いつもの少し丸い駿河弁で言う。
「えー……みなさん、ちょっと静かにしてもらっていいですかね」
当然、すぐには静かにならない。
「だからあたしが先やって!」
「いやウチや!」
「お二人とも、後でお茶にしますえ?」
遥室長、深呼吸。
「……盛岡市在住の、中野柚希さんです」
その瞬間。
空気が一段、落ちた。
入口に立っていたのは、
派手さゼロ、主張ゼロ。
だが、不思議と目が離れない女性。
色白で、東北らしい柔らかな輪郭。
服装は地味だが整っている。
そして何より――騒がない。
「……中野柚希です。盛岡から来ました」
南部弁が、ほんのり残る。
声は小さいのに、なぜか全員に届いた。
美月が思わず言う。
「……めっちゃ静かやな」
彩香が頷く。
「逆に怖ない?」
綾乃が微笑む。
「嵐の前の静けさ、いうやつどすな」
遥室長が続ける。
「佐々木玲香さんと一緒に、東北を中心に活動してもらう予定です」
視線が、玲香へ集中する。
玲香は一瞬だけ柚希を見て、
「……よろしくお願いします」
と、珍しく丁寧に頭を下げた。
柚希は少し笑って、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
と返す。
詩織が小さく呟く。
「……空気、変わりましたね」
陽菜が頷く。
「うん、冷房つけたみたい」
澪がぼそっと言う。
「この人……騒音キャンセラー」
沙羅は鼻で笑う。
「どうせすぐ染まるでしょ」
だが理世だけは、何も言わなかった。
柚希は部屋を一度だけ見渡し、心の中で静かに整理する。
(西日本側:音量過多)
(仲裁役:京都)
(東日本側:湿度管理完璧)
(全体:……面白い)
そして、何事もなかったかのように椅子に座る。
その瞬間、
新橋ヒロ室には――
盛岡発・静音兵器が正式配備されたのだった。




