裏方から拍手まで三歩 ― ベイサイドトリニティ再訓練中
ベイサイドトリニティの復帰ロードは、今日も地味に続いていた。
派手なステージ、きらびやかな照明――そんなものはない。あるのは、神奈川県内の老人ホームや福祉施設、そして段ボール箱と折り畳み椅子とガムテープである。
「はい、今日は横浜の次は藤沢、そのあと平塚ね」
地図を広げて指示を出すのは、湘南の毒舌クイーン・平塚美波。
その隣でうなずくのが、大宮麗奈。落ち着いた声で全体を見渡す。
「移動が多いから、準備と撤収はスピード重視でいきましょう」
その言葉に、ベイサイドトリニティの三人――澪、沙羅、理世――は背筋を伸ばした。
今日は“演者”ではない。まずは裏方だ。
会場設営の中心にいるのは、ヒロ室スタッフの高島里奈と、アルバイト学生の内田あかね。
手際がいい。無駄がない。
「コードは床沿いね。車椅子の方が引っかからないように」
「椅子は詰めすぎない方が安心ですよ」
そのアドバイスを、澪がメモを取りながら聞く。
「なるほど……確かに」
沙羅と理世も半信半疑ながら、言われた通りに動いてみる。
すると不思議なことに、準備がスムーズに進み、会場の空気も柔らいだ。
「……あれ、なんか、ちゃんとできてる?」
「思ったより、手応えある」
沙羅が小声で言うと、理世が珍しく同意した。
慰問が始まると、さらに驚く光景が待っていた。
里奈とあかねが、入所者とのふれあいタイムで前に出たのだ。
「じゃあ次は、ボール回しゲームでーす!」
「はい、私が受け取りますね~」
声が明るい。間がいい。
笑いが起き、拍手が自然に広がる。
それを袖から見ていた麗奈が、ぽつりと美波に言った。
「……意外と、演者向きかもしれませんね」
「でしょ?」
美波はニヤリと笑う。
澪が思わず呟く。
「私たちより、楽しそう……」
沙羅が慌てて否定する。
「ち、違う!私たちは今、修行中だから!」
理世も腕を組む。
「……でも、あの自然さは、見習うべき」
慰問後、休憩室で反省会。
里奈とあかねは照れたように手を振る。
「いえいえ、私たちは裏方が本職ですから」
「前に出るなんて、たまたまですよ」
だが美波は首を振る。
「謙遜が過ぎると損するわよ」
麗奈も穏やかに続ける。
「今は考えなくていいけど……将来の可能性としては、十分です」
二人は顔を見合わせて笑った。
「いやいや、戦隊ヒロインなんて」
「想像もしてません」
その言葉に、澪はどこかほっとした。
――まだ、ライバルじゃない。
この日を境に、ベイサイドトリニティの三人は変わり始めた。
里奈とあかねからもらったアドバイスを実践し、裏方としての動きが洗練されていく。
そして少しずつ、演者として前に出る時間も増えていった。
「裏を知ると、表が怖くなくなる」
澪がそう言うと、沙羅が頷く。
「プライドだけじゃ、何も回らないって分かった」
理世は静かに締めた。
「……今度こそ、ちゃんとやり直せる気がする」
その様子を、美波と麗奈は黙って見守っていた。
そして里奈とあかねは、今日も裏方として走り回る。
――この二人が、近い将来“戦隊ヒロイン”として名を連ねることになるなど、
この時点では、誰も本気で考えていなかった。
だが現場は、いつも静かに未来を仕込んでいる。




