善意は武器じゃない ― 九州連合、静かに撤収
新橋のヒロ室ミーティングスペースは、その日だけ妙に空気が重かった。
重いと言っても、湿っぽいのではない。妙に落ち着かない。
原因はひとつ。
黒崎茉莉花と浜崎莉央――通称「お節介な九州連合」と、
仙台が生んだ自意識過剰の結晶体・佐々木玲香が、
同じ円卓に座っているからである。
「……で、佐々木さんは最近どう?」
茉莉花が、いつもの小倉弁で柔らかく切り出した。
この時点で、九州連合は“話を聞く側”に入っている。
「別に。順調ですけど?」
玲香は即答した。
姿勢は良い。声も張っている。
だが茉莉花と莉央は、**“順調じゃない人の声の出し方”**を百人以上見てきた。
「順調やったら、眉間にシワ寄らんとよ」
莉央が博多弁で軽く突く。
「これは考えてるだけです。
私は感情で動くタイプじゃないので」
その瞬間、茉莉花と莉央は視線を交わした。
――ああ、これはダメだ。
茉莉花は思った。
この子、自分が“助けられてる側”だと気づいてない。
九州連合は基本的に、
泣いている人、折れかけている人、助けを求めている人に強い。
だが玲香は違う。
・弱っているように見せない
・困っていることを認めない
・何より「私は上に行く側」と本気で信じている
つまり――
助ける入口が存在しないタイプだった。
数日後。
地方イベントの控室で事件は起きた。
玲香が一人、鏡の前で苛立っていた。
メイクは完璧、衣装も問題なし。
なのに客席の反応が薄かった。
「……理解されてないだけ」
独り言のように呟いた瞬間、
背後から茉莉花が筑前煮のタッパーを差し出した。
「食べり。疲れとる顔しとる」
「いらないです。今、そういう気分じゃないので」
その言い方は丁寧だが、明確な拒絶だった。
莉央も続けて言う。
「衣装の色味、ちょっと変えた方が――」
「今は自分のスタイルを確立する時期なので」
ピシャリ。
空気が凍る。
その場にいたヒロインたちは悟った。
あ、これは“触れたら爆発するやつ”だと。
楽屋を出たあと、
茉莉花はため息をついた。
「……あの子、助けたらアカンタイプやね」
「うん。助けようとすると、
“見下された”って思うタイプ」
莉央は苦笑いしながら言った。
「多分、あの子は
“失敗する権利”がまだ足りんとよ」
茉莉花は黙って頷いた。
九州連合は情に厚い。
だが同時に、引き際も知っている。
数日後のミーティング。
茉莉花が遥室長に言った。
「佐々木さんのこと、
これ以上うちらが世話焼くの、逆効果やと思います」
莉央も続ける。
「本人が転ぶまで、
誰も支えられないタイプです」
遥室長は少し驚いた顔をしたが、すぐに理解した。
「……なるほど。
九州連合がそう言うなら、相当ですね」
茉莉花は笑った。
「情は万能じゃないんです」
その日の夕方。
玲香は一人、ヒロ室の廊下で茉莉花とすれ違った。
「黒崎さん」
「ん?」
「……別に、嫌いなわけじゃないです」
茉莉花は一瞬だけ、真剣な顔をした。
「知っとるよ」
それだけ言って、去った。
余計な言葉はなかった。
慰めも、助言も、叱責もない。
それが、九州連合なりの優しさだった。
後日。
茉莉花と莉央は、別の案件で地方へ向かった。
「やり切ったね」
莉央が言う。
「うん。あの子は、
うちらがおらん方が伸びる」
茉莉花はそう言って、少しだけ笑った。
九州連合は去る。
誰かを救った達成感も、
救えなかった後悔も抱えたまま。
だがそれでいい。
全員を助ける必要なんて、どこにもないのだから。
それぞれの正義は、交わらないこともある。




