上京即開店 ― ヒロ室非公式食堂〈スナック茉莉花〉繁盛記
黒崎茉莉花は、戦隊ヒロインプロジェクト参加と同時に、
母と息子・大翔を連れて上京した。
「単身赴任みたいな顔して来るつもりやったけど、
ウチ、そんな器用やないけん」
そう言って笑うが、
その決断力は並ではない。
ヒロ室の人間がまず驚いたのは、
彼女の荷物の中身だった。
衣装? 最低限。
書類? そこそこ。
だが、でかい保冷バッグが二つ。
「……なにこれ?」
と誰かが聞くと、茉莉花は当然の顔で答えた。
「昨日の晩から仕込んだおかず」
その日、ヒロ室の会議室は
一瞬で実家の居間になった。
母と二人で作ったという筑前煮。
だしの染みた鶏肉、ほくほくの里芋、
人参は花型。
「……うまっ」
「これ、売れるやつ」
「イベント弁当これにしていい?」
ヒロインも、フロントスタッフも一斉に沈黙し、
その後、無言で箸だけが動いた。
筑前煮は、戦隊ヒロイン史上最速で完売した。
それ以来、
ミーティングの日に茉莉花が来ると、
スタッフの空気がどこか柔らぐ。
「今日は煮物系かな」
「いや、昨日は肉じゃがやったぞ」
いつの間にか、
**ヒロ室非公式企画〈スナック茉莉花〉**が始まっていた。
相談内容は多岐にわたる。
ヒロインの人間関係。
スタッフの家庭事情。
上司への愚痴。
茉莉花は酒を出さない。
だが、相槌と間合いが完璧だ。
「それはな、相手が悪い」
「でもアンタも、ちょっと言い方強かったね」
誰も傷つけないが、
誤魔化しもしない。
「元No.1は伊達じゃない」
と、誰かが言った。
ある日、
茉莉花は息子・大翔を連れてきた。
五歳。
人懐っこく、好奇心の塊。
その瞬間、
ヒロ室は託児所になった。
「大翔くん、こっちおいで~」
「危ないよ、走らない~」
中でも特に世話を焼いたのが、
紀州の舞姫・麻衣だった。
「靴、ちゃんと揃えよな」
「トイレ行く? 一緒行こか」
将来の夢は幼稚園教諭。
その資質が、全開だった。
「麻衣センセー!」
と大翔が呼ぶたび、
麻衣は照れながらも満更ではない。
ある日の休憩時間。
ヒロインたちが円になって座る中、
大翔が突然、言った。
「なぁ、聞いていい?」
全員が注目する。
「一番やさしいのは、麻衣センセー」
麻衣、即座に赤面。
「一番顔がタイプなのは、ひかり」
「えっ!?」
ひかり、完全フリーズ。
「一番おもしろいのは、美月」
「やろ?」
美月、即ドヤ顔。
「一番おっかないのは……彩香」
場が凍る。
だが彩香は、少し困ったように笑って言った。
「大翔が走り回らんかったら、
怒らんのやで~」
その一言で、
全員が吹き出した。
茉莉花はその光景を見て、
静かに言う。
「ほらね。
ここ、悪くないやろ?」
戦隊ヒロインプロジェクト。
戦いもある。修羅場もある。
だがこの場所には、
筑前煮と笑い声と、
子どもの居場所がある。
それを作ったのは、
黒崎茉莉花という女だった。
今日もどこかで、
スナック茉莉花は、
静かに満席である。




