時間は押す、機材は黙る、それでも場は流れる ― 玲香、福島で覚醒す
北関東スリーアローズと行動を共にすることになって、佐々木玲香は悟った。
ヒロインの世界で一番怖い敵は、怪人でも悪の組織でもない。
――時間押しと機材トラブルである。
この日、巡業は南東北へ。
舞台は福島県の県都・福島市。阿武隈川が街を貫き、温泉と果物と盆地特有の暑さ寒さで知られる、穏やかで我慢強い土地柄だ。東北新幹線が止まり、駅前は地方都市としては驚くほど整っているが、一歩外れると商店街の人情が色濃い。
つまり――イベントは盛り上がるが、想定外も起きやすい。
会場は駅前広場。
朝から嫌な予感はしていた。
「……あれ? 音、出なくね?」
野性児・唯奈がマイクを叩く。
コン、コン、と虚しい音だけが鳴った。
「まぁまぁ、準備中ってことで~」
昭和アイドル風の結花が、ふわっと笑う。
その瞬間、ステージ袖でスタッフが青ざめた。
「MCさん! マイク1本、死にました!
あと、前の団体が押してて、開始5分遅れます!」
玲香は、深呼吸した。
(来た……最大の敵……)
頭の中で、過去の玲香ならこうだった。
「え?聞いてないんですけど?」
「私の段取りでは――」
そうやって、空気をさらに悪くする未来。
だが今の玲香は違う。
叫ばない。煽らない。責めない。
整流する。
「了解です。
じゃあ、唯奈は声張り用マイク一本に集中。
結花はジェスチャー多めで、言葉少なめ。
私は“つなぎ”で時間を作ります」
スタッフが一瞬ぽかんとした。
「え、いいんですか?」
「いいです。福島の皆さん、待つの得意ですから」
根拠はないが、顔は自信満々だった。
開始5分遅れ。
司会台もない。時計も見えない。
それでも玲香は、静かにマイクを取った。
「皆さん、こんにちは。
今日は予定より少しゆっくり始まります。
その分、慌てず、落ち着いて楽しんでください」
観客が頷く。
誰も文句を言わない。
この時点で、半分勝っていた。
ところが第二波が来る。
――BGMが出ない。
唯奈の登場曲が流れず、本人がキョロキョロする。
「え?ウチ、今、出る流れだっぺ?」
「はい、でも音が……」
玲香は、即座に言った。
「じゃあ唯奈、今日は“生音”で行きましょう」
「生音?」
「自分の声がBGMです」
唯奈の目が輝く。
「それ、得意だっぺ!!」
結果――
福島駅前に、野太い茨城弁が響き渡った。
「福島ぁぁぁ! 元気足りねぇぞぉぉ!!」
音響が復旧する前に、会場の空気は完全に温まっていた。
次は結花。
BGMなし。スポットライトも弱い。
玲香は、そっと補足する。
「結花は今日は“間”を楽しんでください。
言葉が少なくても、伝わります」
「まぁ……素敵ですの……」
結花は、ゆっくり、丁寧に手を振った。
それだけで、前列の子どもたちが笑顔になる。
予定より10分押し。
進行表は、もはや意味を失っている。
だが玲香は、時計を見ない。
「ここからは、皆さんと一緒に作る時間です」
そう言って、観客に質問を投げ、
拍手を誘導し、
無駄な沈黙を“間”に変え、
トラブルを“演出”に変えた。
終了後。
ステージ裏で、るみねぇが腕を組んだまま言った。
「……今日のMVP、アンタだわ」
「え?」
「時間も音も死んでたのに、誰も不満顔しなかった。
それ、MCの仕事だから」
玲香は、その言葉に一瞬だけ言葉を失った。
「……私、今日、初めて
“回した”って言える気がします」
るみねぇはニヤッと笑う。
「やっとスタートラインだな」
福島の夕暮れ。
阿武隈川の向こうで、山が静かに色づいていた。
時間は押した。
機材は黙った。
それでも、場は流れた。
佐々木玲香は、確かに掴みかけていた。
叫ばず、煽らず、導くMCとしての手応えを。




