仙台一位、修行中――プライドは一旦、北関東に置いてきた
立川でのイベントから数日。
佐々木玲香は、まだ少しだけ頭が痛かった。
それは二日酔いではない。
自尊心の打撲だ。
河合美音との会話は、優しく、そして残酷だった。
怒られたわけでも、否定されたわけでもない。
ただ「事実」を並べられただけで、心がここまで軋むとは思わなかった。
「……私、何ができるんだろ」
珍しく弱音を吐いたのは、いわき市出身のトロピカルダンサー、木戸瑠美――通称るみねぇの前だった。
るみねぇは、日焼けした腕を組み、真正面から玲香を見た。
笑わない。慰めない。逃がさない。
「玲香さ」
福島訛りが、いつもより低く響く。
「アンタ、顔は確かにええよ。でもそれだけだと、ここじゃ何の武器にもならん」
玲香の胸が、ぎゅっと縮んだ。
「戦隊ヒロインはね、チームで動くんだよ。
命令が下りたら、国民の皆さん守るために、命張れるかって話」
一瞬、空気が凍った。
「それ出来ねぇなら、そこらの地下アイドルと一緒。
仙台で一番? 東北一? ……悪いけど、何の役にも立たん」
言い切りだった。
「顔がいいだけで目立ちたい子、
自分だけスポット浴びたい子、
ウチには要らない」
玲香は、反論できなかった。
できなかったのではなく、思いつかなかった。
なぜなら、るみねぇの言葉は、怒りではなく“実務”だったからだ。
その日から、玲香は行動を共にすることになる。
るみねぇ、そして北関東スリーアローズの唯奈と結花と一緒に。
北関東各都市。
駅前、商業施設、地域イベント。
控室は簡易テント、音響はギリギリ、観客は読めない。
唯奈と結花は、とにかく大雑把だった。
「だいたいでいこー!」
「ウケたら正解!」
台本を覚え間違え、立ち位置も雑。
なのに、二人は楽しそうだった。
笑いながら、転びそうになりながら、
それでもステージに立つ。
玲香は、袖から見ていた。
(……こんなに雑なのに)
なのに、客席は温かい。
拍手がある。
声援が飛ぶ。
「楽しいねぇ」
結花が言った。
心底、楽しそうに。
その言葉が、胸に刺さった。
――あれ?
自分は、いつから楽しくなくなったんだろう。
思い出す。
初めてテレビに出た日。
緊張で声が震えた。
でも、終わった後、異様に楽しかった。
「私、できてた?」
「噛んだ?」
そんなことばかり気にして、でも全部が新鮮だった。
今はどうだ。
数字。
評価。
序列。
踏み台。
気がつけば、楽しむ前に勝とうとしていた。
夜、ビジネスホテルの狭いベッドの上で、玲香は天井を見つめた。
「……勘違い、してたな」
声に出すと、少しだけ楽になった。
仙台で一番。
東北一。
その称号に、どれだけしがみついていたか。
でも、ここでは誰もそんなものを見ていない。
見ているのは――
「何ができるか」
「一緒にやれるか」
「命を預けられるか」
そして何より、
「楽しいか」。
玲香は、目を閉じた。
まだ、何者にもなれていない。
でも、初めて思った。
(……ここからやり直せるかもしれない)
プライドは、まだ高い。
でも、少しだけ、地面に降ろした。
仙台一位の肩書きは、
北関東のステージに置いてきた。
次に拾い直すときは――
ちゃんとした“中身”を持ってからだ。




