立川の片隅で、井の中の蛙は手を取られる
佐々木玲香は、自分が“選ばれた人間”だと疑っていなかった。
仙台ではそこそこ名の知れたローカルタレント。
朝の情報番組に出れば顔を覚えられ、商業施設のイベントでは「テレビで見たことある!」と声をかけられる。
それで十分だったし、それを“才能”だと信じていた。
戦隊ヒロインプロジェクトも、そうだ。
全国への踏み台。
東京進出への通行証。
やがては世界へ――。
そのはずだった。
だが、現実は静かに、確実に牙を剥いていた。
遥室長は、玲香を「東北担当の核」に据えようとしていた。
地方展開を任せるつもりだったし、素材は悪くないと思っていた。
しかし――伸びない。
人気が上がらない。
イベントを重ねても、数字が動かない。
なにより、他のヒロインと噛み合わない。
遥室長は言葉を選ぶ人だが、最近の面談では隠しきれない不安が滲んでいた。
「玲香さん……正直に言うね。悪くはない。でも、決め手がない」
その「悪くはない」が、どれほど残酷か。
玲香は理解していなかった。
そんな中で入った仕事が、立川市での小規模イベントだった。
駅から少し離れた商店街の広場。
仮設ステージ、簡易音響、客層は家族連れと年配者が中心。
「……地方のイベントと変わらないじゃない」
そう思った時点で、もう負けていた。
共演者の中に、河合美音がいた。
浜松出身。
戦隊ヒロイン内では不人気枠。
グッズが売れないことで有名。
玲香は、内心で思った。
(この人なら、さすがに私のほうが上でしょ)
イベントは、淡々と進んだ。
小春のMCは安定していて、客席を温める。
その後に出た美音のハーモニカ演奏で、空気が変わった。
泣いている人がいる。
足を止める通行人が増える。
拍手が、予定より長く続く。
玲香は、ステージ袖で理解できなかった。
(なんで?)
自分の出番では、拍手は礼儀程度。
悪くはないが、熱はない。
終われば、空気は次へ流れていく。
控室代わりのテントで、紙コップのコーヒーを飲みながら、玲香は我慢できずに口を開いた。
「……美音さんって、気にしないんですか?」
美音が首をかしげる。
「何を?」
「人気、あんまりないって言われることです」
言ってから、少しだけ後悔した。
だが、美音は気にした様子もなく、遠州弁混じりで笑った。
「うーん、まあ言われるけどね。でもさ」
美音はコーヒーを一口飲んで、さらっと言った。
「わかってくれる人だけ応援してくれりゃ、ええじゃん。その人たちのために、がんばれば」
その言葉は、慰めでも説教でもなかった。
ただの事実だった。
玲香は、何も返せなかった。
なぜなら、その言葉の裏にある“根拠”を、無意識に感じ取ってしまったからだ。
河合美音は、不人気だ。
だが、ハーモニカ奏者としては一流。
音色で人を泣かせる。
戦闘能力も高い。
大型自動車免許を持ち、船舶免許まで持っている。
陸・海・ステージ、どこでも生き残れる。
一方、佐々木玲香は――
少し顔がいい。
それだけだ。
特技はない。
武器もない。
覚悟も、実績もない。
「……戦隊ヒロインってさ」
美音が、ぽつりと続けた。
「とんでもない人ばっかりだよね。私も、たまに思うもん。なんでここにいるんだろって」
その言葉が、玲香の胸をえぐった。
(それ、私の台詞じゃない?)
初めて、はっきりと思った。
自分は、
踏み台にするつもりで来た場所で、
実は一番“何も持っていない側”だったのではないか。
立川の夕暮れ。
駅へ向かう人の流れの中で、
佐々木玲香は、初めて“井の中の蛙”だった自分を自覚した。
そして皮肉なことに――
その地獄の底で、最初に手を差し出してきたのは、
見下していたはずの女だった。
物語は、ここからようやく動き出す。




