びわ湖ヒロインサミット:プライド沈没、在庫は浮く
滋賀県彦根市。琵琶湖の湖畔。
夏の陽射しが水面でギラつく中、やたらデカい仮設ステージが組まれ、のぼりが林立していた。
――「戦隊ヒロインサミット In びわ湖」。
近くでは、あの“人が飛ぶ系のテレビ企画”も昔開催されたことがあるらしい。
つまりここは、夢と根性と勢いが琵琶湖に落ちがちな土地である。
仙台のローカルタレント兼・戦隊ヒロイン、佐々木玲香は、到着早々に湖を見て思った。
(……びわ湖、でか。仙台の海より“でかい顔”してる)
玲香の胸には、密かな青写真があった。
「全国イベントで爪痕→SNSバズ→東京進出→世界へ」
その第一歩として、このサミットで“主役の席”を奪いに来たのだ。
だが、会場の空気は、玲香の思惑より数段ゆるくて、数段強かった。
イベントは、いきなり前座から濃かった。
近江商人ヒロイン・琴葉が、岐阜の伊吹真白を従えて登場する。
「さあさあ皆はん、天秤行商、始めまひょか~!」
真白が天秤棒を担ぎ、左右の籠に商品を入れて揺らす。
まるで江戸時代からタイムスリップしてきた出店だ。
「本日の目玉! 琵琶湖名物、鮎の甘露煮~!」
……この瞬間。
即完売。
観客の熱気が、湖面の風を押し返す勢いで吹き上がった。
玲香は目を丸くする。
(え、前座で完売って、どういうこと……?)
続いて、MCが登場。
江戸っ子ギャルの月島小春と、尾張弁が強めの山田真央のコンビだ。
小春が軽快にマイクを回す。
「はいはい皆さーん! 琵琶湖の水、今日は止めません! たぶん!」
真央が即座に被せる。
「止めたらアカンて! こっちも喉乾いとるで!」
会場が一気に温まった。
温まったどころじゃない。煮えた。
玲香はステージ袖で、笑顔を作りながら計算する。
(このテンポ……私が入っても勝てるやつ?)
そこに、京都の参謀・西園寺綾乃がはんなり登場し、琴葉と並ぶ。
二人で挨拶、のはずが――
綾乃が、滋賀の字面を眺めて、首を傾げた。
「“滋賀”って……字面、ゲジゲジみたいどすなぁ」
会場が「出たー!」という空気になる。
琴葉が間髪入れずに目を細める。
「ほな、琵琶湖の水、止めたろか?」
綾乃が袖を揺らして、すぐさま降伏。
「堪忍しておくれやす~!」
爆笑。
客席は大拍手。湖畔の水鳥も笑った気がした。
玲香は思う。
(私、仙台で“上品で都会的”って言われてたんだけど……この人ら、上品の圧が違う)
さらに畳みかけるように、播州の彩香が出てくる。
「ほな、いきますで~!」
彼女が披露したのは、あの伝統的な芸。
棒と紐と板が、まるで生き物みたいに形を変える――
「南京玉すだれぇ~!」
客席から「うわぁぁ!」と驚愕の声。
見知らぬ子どもが「魔法や!」と叫ぶ。
彦根城の方向からも「それはさすがに魔法ちゃう」と声がした気がする。
玲香は、心の中でそっと手帳を破った。
(……私の“上品なトーク”って、何?)
紀伊ハンターの三人が登場し、三重・和歌山・奈良を元気にアピールする。
続いて浜松の河合美音が、ハーモニカを吹く。
音色が、湖の風に溶ける。
観客の中に、涙ぐむ人が出る。
「……ええ音やなぁ」
誰かが呟いた。
空気が、ふわっと優しくなる。
玲香は焦った。
(泣かせる枠まであるの? このイベント、ジャンル分け完璧すぎない?)
みのりとひかりのグレースフォースは、民話の紙芝居で子どもを一網打尽。
さらに、美月とのどかが“平和”を語る……はずが、いつの間にか漫談になっていた。
「平和はな、願うだけじゃアカンのや!」
「ほいで、なんでそこで河内音頭出てくんねん!」
笑いながら、でも妙に胸に刺さる。
客は笑って頷き、拍手を送る。
玲香はもう理解した。
このサミットは、特技の総合格闘技だ。
そして、ついに玲香の出番。
小春が紹介する。
「仙台から来ました! ローカルでも全国でも狙ってます! 佐々木玲香~!」
玲香は、作り笑顔を完璧に貼り付けて歩み出る。
(ここで決める。東京行きの切符、ここで取る)
マイクを握り、軽妙なトークでつなぐ。
テンポも声も、決して悪くない。
――なのに。
客席から飛んでくる声援は、
「小春ちゃーん!」
「真央さーん!」
「さっきの鮎、もうないのー!?」
玲香は笑顔のまま、心の中で着地した。
(……私、空気。しかも、酸素薄めのやつ)
イベント後のサイン会。
玲香の列は、まばら。
その横で、美音の列は……正直それほど長くない。が、玲香よりはある。
玲香は、そこで完全に刺さった。
(えっ、私、美音より少ないの……?)
さらに追い打ち。
物販コーナー。
玲香のグッズ棚の上に、見たことのないノボリが立っていた。
――「大安売り」
――「在庫一斉処分」
誰がこんな残酷なものを用意したのか。
琵琶湖の水より冷たい。
玲香は、無言でスタッフを見る。
スタッフは目を逸らした。
琵琶湖の魚より素早い回避だった。
その時、隣のコーナーで静かに片付けをしていた美音が、玲香に気づく。
玲香はプライドを噛み殺し、声をかけた。
「……あなた、平気なの? こういう扱い」
美音は遠州弁で、ぽつりと言う。
「わかってくれる人だけ、応援してくれりゃ、ええと思うんだに」
その言葉が、湖面みたいに静かに広がった。
玲香は、その場で固まった。
(わかってくれる人だけでいい……? 私は“全員に認められたい”だけだったのに)
“仙台で一番”の称号が、琵琶湖でぷかぷか浮いて見えた。
それは誇りじゃなく、ただの札みたいに軽かった。
玲香は、笑ってしまった。
悔しいのに、情けないのに、笑いが出た。
「……私、何してんだろ」
琵琶湖の風が、髪を撫でた。
作り笑顔じゃない顔で、玲香は湖を見た。
そこには、広くて、でかくて、逃げ場のない現実があった。
そして、逃げ場がないからこそ――ここから先は、変われる気もした。
玲香は、ポケットの中で拳を握る。
(次は……“空気”じゃなくて、“必要な存在”になってやる)
その決意を、琵琶湖だけが、黙って聞いていた。




