仙台では無双、市原では無風 ――井の中の玲香、拍手の数を数える――
千葉県市原市――
千葉県中央部に位置し、工業地帯と里山が共存し
東京近郊ながら自然と暮らしやすさを併せ持つ街。
そんな市原市の大型ショッピングセンターのイベント広場は
朝からやたらと空気が軽い。
ステージ袖では、
月島小春がいつものように台本を軽く折りたたみ、
「じゃ、行こっか〜」と江戸っ子らしい気楽さで前に出る。
「市原のみなさーん!
戦隊ヒロイン、今日は総出演でお届けしまーす!」
その一声で、客席のテンションが一段上がった。
最初に呼び込まれたのは――
千葉の顔、館山みのり。
「千葉はね、海も山も人も最高なんだよ〜!」
その瞬間、
子どもが手を振り、
年配客が笑顔でうなずき、
若い層も「みのりちゃんだ!」とスマホを構える。
**完全に“地元のスター”**だった。
続いて登場したのは陽菜。
理由もなく元気で、理由もなく好かれる天然枠。
「今日はね、すっごく天気がいいから、
みんなも気をつけて帰ろうね〜!」
それだけで拍手が起きる。
意味はないが、愛はある。
ステージ袖でそれを見ていた佐々木玲香は、
内心、首をかしげていた。
(……まあ、地元補正よね)
そう。
ここまでは想定内だった。
問題は――その次。
「では次に、
仙台から来てくれました!
佐々木玲香ちゃーん!」
玲香は、
完璧な角度の笑顔、
完璧な姿勢、
完璧な歩幅でステージ中央へ。
(ここからよ)
――しかし。
拍手は、
**“礼儀としての拍手”**だった。
ザワつかない。
名前も飛ばない。
誰もスマホを慌てて構えない。
「……こんにちは。佐々木玲香です」
笑顔を一段階、強める。
反応は、変わらない。
客席の一部では、
「今の誰?」
「新しい人?」
という小声が聞こえる。
(……あれ?)
玲香の頭の中で、
小さな警告音が鳴った。
その後、
場を立て直すかのように登場したのが詩織だった。
静かにマイクを握り、
一曲、歌う。
それだけで空気が柔らぎ、
会場はまた“ひとつ”になる。
拍手。
ため息。
子どもがじっと見上げる。
ステージ袖で、
玲香は唇を噛んだ。
(……なんで?)
イベント終了後。
控室で、
玲香は一人、腕を組んでいた。
「……おかしい」
仙台では、
挨拶しただけで空気が変わった。
自己紹介だけで歓声が出た。
なのに今日は、
何も起きなかった。
そこへ、遥室長が入ってくる。
「佐々木さん、
ちょっと振り返りしよっか」
柔らかい声。
だが、逃げ道はない。
「今日、
佐々木さんは“誰のため”に立ってた?」
玲香は一瞬、言葉に詰まる。
「……自分を、知ってもらうため、です」
遥室長は、首を振った。
「それは“タレント”の答えだね」
玲香の胸が、少しだけ痛んだ。
「戦隊ヒロインは、
“自分が主役”じゃない。
“場を主役にする人”なの」
沈黙。
遥室長は続ける。
「みのりも、陽菜も、詩織も、
“自分を見せよう”とはしてない。
“みんなを見る”ことをしてる」
玲香は、
初めて視線を落とした。
――この日、
佐々木玲香はまだ折れていない。
だが、
ヒビは、確実に入った。
井の中は、
思っていたより浅かった。
そして次は――
もっと深く、
もっと派手に、
そのプライドが試される。




