紅と藍の密命 ― 戦隊ヒロイン極秘任務録 第5話 作戦開始 ――沈黙が最も長い戦闘
作戦は、始まっていた。
だが、それは銃声でも爆発でもなく――待機という名の戦闘だった。
美月と綾乃は、米国大使館の一角に設けられた簡易居室へと通された。
窓は板で塞がれ、明かりは常時点灯。
銃を持った見張りが、無言で出入り口を塞いでいる。
「……なぁ」
美月が天井を見上げたまま言う。
「これ、いつ始まるんや?」
綾乃は壁際の簡易ベッドに腰掛け、腕時計を見た。
「それが分かってたら、苦労せえへんどすな」
救出作戦は、人質を装った二人に“合図”が届いた瞬間に動き出す。
だが、その合図がいつ来るのかは、誰にも分からない。
一日。
二日。
三日。
時間は、やけにゆっくり流れた。
問題は――やることが何もないことだった。
体力温存。
無用な接触を避ける。
情報は極力与えない。
すべて正しい。
正しいが、退屈だった。
「ヒマや……」
美月が床に寝転び、足をばたつかせる。
「訓練の方が百倍マシやで。
敵もおらん、動けへん、テレビもない。
刑務所でも、もうちょい娯楽あるんちゃう?」
「刑務所、行ったことあるんどすか」
「ないわ!」
さらに厄介なのは、意思疎通だった。
綾乃は英語が堪能だ。
外交の場でも通用するレベルで、交渉も可能。
――だが。
犯行グループの構成員たちは、英語がほとんど通じない。
スペイン語でもない。
英語でもない。
訛りの強い土着言語。
「水、ください」
綾乃が英語で頼んでも、返ってくるのは首を傾げた無言。
「……通じへん」
「綾乃、ジェスチャーや」
美月が大げさに喉を押さえ、コップを持つ真似をする。
見張りの男は、じっと二人を見つめ――
無言で去っていった。
「無視された……」
「完全にスルーどすな」
そんな生活が、数日続いた。
通信は途絶えがち。
外の状況も分からない。
ただ、夜になると遠くで銃声が聞こえ、
この国が依然として不安定であることだけは、嫌というほど分かった。
――一方、日本。
美月の大学では、ちょっとした異変が話題になっていた。
「赤嶺、いないよね?」
「合宿免許って言ってたけど……」
「美月が? 何も言わずに?」
関西弁で騒がしいあの美月が、
グループチャットに一言も書き込まず、
写真も送らず、
スタンプすら使わない。
「おかしくない?」
という声が、じわじわ広がる。
表向きの理由は、鳥取での合宿免許。
だが、違和感は消えなかった。
戦隊ヒロインの内部でも、噂は走っていた。
「美月と綾乃、姿見えなくない?」
「また何か大きな任務じゃない?」
「まあ、あの二人なら大丈夫でしょ」
百戦錬磨。
修羅場慣れ。
帰ってきたら、どうせ笑い話になる。
そんな楽観論が、大勢を占めていた。
――ただ一人を除いて。
大阪のヒロ室。
彩香は、珍しく黙っていた。
普段なら、美月と口論している時間帯。
なのに、今日は一人、壁にもたれて考え込んでいる。
「……遅い」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
彩香だけは知っていた。
これは“合宿免許”なんかじゃない。
命が賭け金の、極秘任務だということを。
「美月……」
スマホを握りしめても、連絡はできない。
してはいけない。
不安を押し殺すように、彩香は深呼吸した。
その頃、大使館の居室。
「なぁ綾乃」
美月が、静かに言った。
「……ちょっと、怖なってきた」
冗談めいた口調だが、声は低い。
「何も起こらへんのが、一番怖いな」
綾乃は、一瞬目を閉じてから答えた。
「せやけど、始まったら一気どす」
「……やな」
二人は、言葉少なに頷き合った。
この沈黙は、嵐の前触れ。
そのことだけは、はっきり分かっている。
――そして、遠くで何かが動き始めていることを、
二人はまだ知らない。
静かな時間は、もうすぐ終わる。
作戦開始の合図は、必ず来る。
その瞬間まで、紅と藍は――待ち続ける。




