紅と藍の密命 ― 戦隊ヒロイン極秘任務録 第3話 秘密裏に出発する ――静かな離陸、世界の裏側へ
それは、公式記録には一切残らない渡航だった。
西園寺綾乃と赤嶺美月は、隼人補佐官、そして外務省の数名の職員とともに、夜明け前の羽田を発った。
行き先はワシントンD.C.。
表向きの名目は「文化交流視察団」。
しかし搭乗名簿には、二人の名前は存在しない。
機内は異様なほど静かだった。
綾乃は窓の外を見つめ、資料に目を通している。
美月はというと、シートベルトを締め直しては落ち着きなく身じろぎしていた。
「……なぁ綾乃」
「なんどす?」
「この飛行機、落ちへんよな?」
「縁起でもないこと言わんといてください」
そう言いながらも、綾乃の声はわずかに硬い。
二人とも理解していた。
これは“帰って来られる保証のない旅”の始まりだということを。
ワシントン到着後、彼女たちは直ちにペンタゴンへと向かった。
巨大な五角形の建物の中で、米国防総省と外務省、情報機関の合同ブリーフィングが行われる。
スクリーンに映し出されたのは、犯人グループの概要だった。
――中米某国を拠点とする武装組織。
――宗教と反米思想を歪めた過激派。
――背後には、国際犯罪ネットワーク《ジェネラス・リンク》との接点。
リーダー格は元政府軍出身。
交渉と見せかけた裏切りを何度も繰り返し、人質救出作戦を悉く失敗させてきた人物だ。
「犯人側の狙いは、日米関係の破壊です」
米側の将校が冷静に告げる。
「日本人女性を差し出させることで、日本政府の責任を世界に押し付ける」
美月は拳を握った。
「……ほんま、胸くそ悪いな」
「感情は理解しますが、冷静に」
隼人補佐官の声が低く響く。
作戦は単純で、しかし極めて危険だった。
人質交換を装い、二人が“日本側の人質”として現地に入る。
その隙に、米側が別ルートで救出作戦を敢行する。
「お二人の安全は最優先事項です」
何度も、念押しのようにそう言われた。
綾乃は背筋を伸ばし、静かに頷いた。
「承知しました」
美月も続く。
「やるからには、きっちりやります」
その言葉に、会議室の空気が引き締まった。
数時間後。
二人は再び機上の人となった。
今度は、ワシントンから中米某国へ向かう軍用機。
離陸前、シートに並んで座った二人の間に、奇妙な沈黙が流れる。
それを破ったのは、美月だった。
「……なぁ綾乃」
「またなんどす?」
「通販番組で有名な、あのYグループのI社長な」
綾乃は、嫌な予感しかしなかった。
「……はい?」
「やっぱ地毛やろ?」
一瞬、機内が静まり返る。
「前も言いましたけど」
綾乃は、心底どうでもよさそうに言った。
「残念ですが、あれはカツラどす」
「うそや! あんな自然な生え際あるか!」
「あります。高級品は違います」
「夢を壊すなや!」
「事実は事実どす」
隣席の隼人補佐官が、こめかみを押さえる。
「……君たち、本当に今から人質交換に行く自覚はあるのか」
二人は同時に答えた。
「あります(あるで)」
声は揃っていた。
機体が滑走路を離れ、闇の向こうへと飛び立つ。
そこに待つのは、交渉か、裏切りか、それとも――。
冗談を交わしながらも、二人の瞳は真剣だった。
紅と藍。
違う色を持つ二人が、同じ覚悟で未知の戦場へ向かう。
この先に待つものを、まだ誰も知らない。




