夢の跡地に旗が舞う――西宮、鬼代官凱旋の日
兵庫県西宮市。
巨大な商業施設の中央広場に設けられた特設ステージは、朝から異様な熱気に包まれていた。
ここはかつて――
阪急ブレーブスの本拠地・西宮球場があった場所。
プロ野球黎明期から昭和の終わりまで、
数々の名選手が汗を流し、
一方で「強いのに客が入らない」という切ない歴史も背負った球場。
野球だけでなく、
戦後の混乱期には競輪まで開催されたという、
スポーツと庶民文化の“何でもあり”な聖地である。
そんな場所が――
この日だけは、超満員だった。
理由はひとつ。
「神戸の鬼代官が来るらしいで」
「戦隊ヒロインも来るんやて」
「しかも、寸劇があるらしい」
期待値が、無駄に高い。
■ 交通安全×音楽隊=カッコいい
イベント開始の合図とともに、
軽快なマーチが流れ出す。
兵庫県警察音楽隊の登場だ。
ブラスの音が響く中、
ひときわ大きな歓声が上がる。
「出たー!」
「あれ、めっちゃ美人やん!」
――そう。
岡本玲奈が、久しぶりにカラーガード隊として姿を現したのだ。
短いスカート、白いパレードブーツ。
本人がかつて「落ち着かへん」と渋った衣装。
だが、フラッグを振る姿は堂々たるものだった。
「……あの人、ほんまに警察官なん?」
「信号より目立ってるで」
フラッグが青空を切り裂き、
会場から大喝采。
玲奈は演技を終えると、
すっと表情を引き締めてマイクを取った。
「今日はな、楽しいだけちゃう。
帰るまでがイベントや。
ちゃんとルール守って帰ろな」
拍手、拍手、拍手。
■ 悪い例、再び(そして暴走)
「ほな次、
交通ルールの寸劇いきます!」
司会の声と同時に、
待ってましたと言わんばかりに飛び出す赤い影。
赤嶺美月である。
「前回な、
うちの悪い例が好評やったらしいねん」
彩香が嫌な予感に顔をしかめる。
「……調子乗っとるやろ」
案の定だった。
美月は横断歩道に立つや否や、
「よっしゃ!
信号? 見てへん見てへん!」
と、スマホを見ながらスキップ。
「イヤホン装着!
帽子で視界ゼロ!
さらに急いでるフリ!」
子どもたちは腹を抱えて笑う。
「ちょ、ちょっと待ち!」
と彩香が止めに入るが、
「まだや!
ここから自転車飛び乗るねん!」
「やりすぎや!!」
会場は爆笑の渦。
玲奈、額に手を当てる。
「……事故る前提のフルコースやないか」
■ 正しい例は、落ち着いている
気を取り直して、彩香が登場。
「はいはい、
正しい例いきますで」
信号確認、左右確認、手を挙げて横断。
「普通が一番安全。
これ、テスト出ます」
観衆、納得の拍手。
ここで――
紀伊ハンターの美咲、あかり、麻衣が合流。
子ども向けに分かりやすく説明し、
会場は完全に“学べて楽しい空間”に。
兵庫県警の担当者が、
舞台袖で小さくガッツポーズ。
「……これは、成功や」
■ 終了後のどうでもいい戦争
イベントは大成功のうちに終了。
楽屋に戻った瞬間――
火種が再燃する。
「さっきのな、
うちのスキップ、もっと大きくしても良かったんちゃう?」
「いらんわ!
横断歩道でスキップすな!」
「やけど、子どもウケは――」
「ウケより命や言うてるやろ!」
いつもの美月×彩香の子供じみた言い争い。
内容は、
**“スキップの歩幅が適切だったか”**という
どうでもよすぎる議題。
そこに、玲奈が静かに割って入る。
「……二人とも」
一瞬で静まる空気。
「子どもらがな、
ちゃんと止まって、ちゃんと見ること覚えてくれた。
それで十分や」
美月と彩香、顔を見合わせる。
「……せやな」
「……まぁ、せやな」
玲奈は小さくため息をついた。
「次はな、
揉めるなら楽屋出てからにして」
「了解でーす!」
西宮の夕暮れ。
かつて野球と競輪の歓声が交錯した場所に、
今は――笑いと学びが確かに残っていた。
神戸の鬼代官は、
今日もまた、
ルールと笑いを両立させて去っていった。
そして美月は、
次回の悪い例に向けて、
もう何かを考えている顔をしていた。
――嫌な予感しかしないが、
たぶん、それも含めて平和なのだ。




