そのハンドル、即没収や――神戸の鬼代官、講習会を開く
《戦隊ヒロイン専用・安全運転講習会》
※全員参加。逃走不可。
その下に、小さくこう書かれている。
※講師:岡本玲奈(兵庫県警・交通課)
それを見た瞬間、数名のヒロインが一斉に目を逸らした。
特に反応が早かったのは、大宮麗奈と松本美紀である。
「…ねぇ、美紀。今日、徒歩移動だったよね?」
「え? 私は普段から安全運転ですけど?」
「……それが一番怖いんだけど」
やがて扉が開き、コツ、コツ、と硬質な音とともに岡本玲奈が入室した。
背筋は一直線、資料は完璧に整えられ、表情は一分の隙もない。
「はい、全員着席。
今日は“楽しいお話会”やあらへん。
命の話や」
一瞬で空気が凍る。
「まず言うとくけどな。
戦隊ヒロインいう肩書きがあっても、
道路の上では全員ただの一般人や」
誰も反論できない。
「特に――」
玲奈の視線が、一直線に突き刺さる。
「大宮麗奈さん」
「はいっ!?」
麗奈が過剰に元気よく手を挙げる。
「あなた、ウインカーは“気分”で出すもんちゃう。
右折する“予定”があったら出すねん」
「え? でも、気分が乗った時の方がスムーズじゃないですか?」
その瞬間、会議室の温度が2度下がった。
「……スムーズちゃう。事故の予告編や」
「あと、“止まれ”の標識。
あれは『一瞬だけ減速』やなくて完全停止や」
「完全に? 全部?」
「全部や!!!!」
その横で、美紀が正座に近い姿勢でメモを取っている。
「はい……完全停止……3秒……確認……」
「美紀さんはええ。まだ矯正可能や」
「やった……!」
一方、麗奈は腕を組んで不満顔。
「でもさぁ、標識っていっぱいあって覚えきれなくないです?」
「覚えきられへん人間は運転したらあかん」
「えー……」
「“えー”ちゃう」
講習はどんどん地獄絵図になっていく。
「次、個別指導や。
美紀さん、あなたは――」
「はいっ!」
「松本走り。
カーブでアクセル踏むな。
山道をF1サーキットと勘違いすな」
「……すみません。でも、自然と体が……」
「体より脳を使いなさい」
「はい……」
一方、麗奈の評価は紙に赤字で書かれていた。
《再教習推奨:埼玉県鴻巣免許センター》
「なんで鴻巣!?」
「初心に帰れ言うてんねん」
名前が似ている二人――
麗奈と玲奈。
片や標識を感覚で読む女、
片や標識を人生で読む女。
まさに月とスッポンである。
講習はヒロインだけに留まらなかった。
「はい、次はスタッフ講習や」
「え?」とざわつく中、
すみれコーチ、隼人補佐官、遥室長、そして――
「……オイラもか?」
と指差したのは波田顧問。
「もちろんです。
年齢は免罪符ちゃいます」
結果。
すみれコーチ:
「スピード意識が昭和。減点」
隼人補佐官:
「一時停止、甘い。減点」
遥室長:
「概ね良好。……ただし駐車が斜め。減点」
そして――
「波田顧問」
「なんだい?」
「正直に言います」
一拍置いて、玲奈が淡々と言う。
「免許、返納しはった方が世のためです」
沈黙。
数秒後、波田顧問は深く頷いた。
「……ああ、そうだな。
ヒロイン守るっつってよ、
轢いちまったら元も子もねぇや。」
その日の夕方。
《波田顧問、運転免許返納》の報がヒロ室に流れ、
なぜか拍手が起きた。
講習終了後、ぐったりする一同。
麗奈だけがまだ納得していない。
「ねぇ玲奈さん。
そんな厳しくしなくてもよくない?」
岡本玲奈は、静かに帽子を整えた。
「嫌われてもええ。
でもな、事故は一回で終わりや」
その言葉に、
誰も笑えなかった。
――が。
美紀が小声で言った。
「……でも、講習会としては、めちゃくちゃ面白かったですね」
玲奈は一瞬だけ、口元を緩めた。
「せやろ。
命守る話は、笑って覚えた方が身につく」
神戸の鬼代官。
今日もまた、ハンドルの向こう側で、平和を守っていた。
(※当然、講習は継続中である)




