台貫の鬼がフラッグを振った日 ――神戸の鬼代官・岡本玲奈、戦隊ヒロインへ
岡本玲奈、二十七歳。
神戸市生まれ、神戸市育ち。
そして兵庫県警察交通課勤務――現役、バリバリ、ガチの警察官である。
剣道は有段者。背筋は常に真っ直ぐ。
横断歩道の白線の乱れすら許さない几帳面さ。
信号無視? 一発アウト。
一時停止? 止まらなければ人生を見直せ。
特に彼女が恐れられていたのが、過積載の取り締まりだった。
「積み過ぎです。台貫に乗せてください」
「いや、今日は急いでて…」
「急いでいる理由は違反の免責にはなりません」
にこりともせず、淡々と台貫へ誘導。
その姿はまさに冷徹無比。
いつしか一部のトラックドライバーの間では、
「神戸の鬼代官」
ならぬ
「神戸の鬼台貫」
と呼ばれるようになった。
――だが。
そんな彼女には、もう一つの顔があった。
ある日、神戸の港町を彩るパレード。
白いパレードブーツに、短いスカート。
光を反射する装飾的な衣装を身にまとい、
軽やかにフラッグを振る一人の女性。
それが、岡本玲奈だった。
兵庫県警察音楽隊・カラーガード隊。
「美人過ぎる警察官」として、新聞の片隅やローカル番組で取り上げられたこともある。
ただし本人は、
この配属に猛烈に難色を示していた。
「……スカート、短すぎませんか」
「動きにくいです」
「交通課の制服の方が合理的です」
上司は苦笑いしながら言った。
「県民はな、合理性じゃ動かへんねん。
“見て、感じて、覚えてもらう”んや」
最初は納得できなかった。
剣道着と防刃ベストの方が、よほど自分らしい。
だが、パレードの最中。
沿道の子どもたちが叫んだ。
「おねえちゃん! かっこいい!」
「パトカーのおねえさんだ!」
その声を聞いた瞬間、
玲奈の中で何かが少しだけ、音を立てて動いた。
――これも、交通安全なのか。
堅物な彼女なりに、そう理解した。
そして数年後。
兵庫県警本部では、ある議題が上がっていた。
「戦隊ヒロインプロジェクトとの連携強化」
「警察としても、より柔らかい啓発が必要」
「誰を出す?」
即答だった。
「岡本玲奈でしょう」
優秀。現場経験豊富。
規律を知り、発信力もある。
何より、出して恥ずかしくない。
本人に打診があった時、玲奈は即答しなかった。
交通課での仕事には、やりがいがあった。
日々の取り締まりは、確実に事故を減らしているという実感もある。
だが――
「戦隊ヒロインとして、交通安全を広めたい」
その言葉が、胸に残った。
パレードで見た子どもたちの笑顔。
あの「かっこいい!」という声。
それと同じことが、もっと大きな舞台でできるのではないか。
「……期間限定、出向扱いなら」
そうして彼女は、
大阪のヒロ室西日本分室にやって来た。
到着初日。
炭酸の強さで揉めるヒロインたちを前に、
内心で思った。
――なるほど。
――現場より統制が難しいかもしれない。
だが同時に、少しだけ口元が緩む。
「……賑やかですね」
神戸の鬼代官は、
短いスカートも、笑い声も、
すべて引き受ける覚悟を決めていた。
交通安全は、厳しさだけでは伝わらない。
時には、派手さと笑いが必要なのだ。
今日もどこかで、
台貫は静かに待っている。
だが今、岡本玲奈は――
戦隊ヒロインとして、笛ではなく笑顔で笛を吹く。
鬼代官は、まだまだ進化の途中である。




