強炭酸か弱炭酸か──神戸の鬼代官、静かに着任す
大阪府内・ヒロ室西日本分室。
いつもより人が多く、いつも通りうるさい。
ソファ周辺では、開始三分で事件が起きていた。
「やっぱ炭酸は強めやろ! 喉にガツンと来てこそや!」
美月がペットボトルを掲げて断言する。
「はぁ? 刺激強すぎたら味わからへんやろ。弱めが大人や」
彩香も一歩も引かない。
「炭酸に“大人”も“子供”もあるかいな!」
「あるわ!」
もはや内容は炭酸でも何でもない。
隣でまどかが「また始まった…」と呆れ、
あかりは「今日も平和ですね」と妙に感心し、
麻衣は「どっちも…おいしいと思いますけど…」と小声で言い、
美咲は「和歌山って炭酸そんな飲む?」と的外れな疑問を投げ、
真白は黙ってラベルを眺めている。
そこへ、救世主のように隼人補佐官が入室した。
「どっちも美味しいです」
空気が一瞬で静まる。
「……そやな」
「……まぁな」
この男、争いを三秒で終わらせる能力だけは国家級だった。
隼人補佐官は軽く咳払いをして、急に官僚モードに入る。
「本日は、戦隊ヒロインプロジェクト今後の方針について共有します。
今後は警察との連携を一層強化し、市民の皆様により安心・安全な環境を――」
全員の目が死んだ。
「堅いわ!」
「長いわ!」
「眠なるわ!」
しかし隼人補佐官は動じない。
「……ということで、本日より新たに加わる方を紹介します」
その瞬間、分室の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、一人の女性。
長身。背筋は真っ直ぐ。
端正な顔立ちに、警察らしい隙のなさ。
笑っていないわけではないが、笑顔が業務用。
「岡本玲奈、神戸市出身です。兵庫県警察からの出向です。
本日より、皆さんの活動を安全面からサポートします」
空気が、ピシッと音を立てて固まった。
「……鬼や」
美月が小声で言う。
「神戸の鬼代官や」
彩香も続く。
綾乃はにこやかに頷きながらも、目だけで全体を観察している。
まどかは姿勢を正し、あかりは条件反射で会釈、
麻衣は「よ、よろしくお願いします…」と丁寧に頭を下げ、
美咲は「警察…ほんまもんや…」と小さく呟き、
真白は無言だが、警戒レベルは最大だった。
岡本玲奈は一瞬だけ、その様子を眺めると、淡々と言った。
「緊張しなくて大丈夫です。
私は皆さんを取り締まるために来たわけではありません」
全員、半信半疑の顔。
「ただし」
一拍置いて、続ける。
「危険な行為、無責任な判断、
“ノリでやりました”という行動には、厳しく対応します」
完全に鬼代官である。
「……炭酸は?」
美月が思わず聞いた。
「業務中は水です」
即答だった。
「ひぇぇ…」
「怖ぁ…」
しかし、玲奈はふっとわずかに口角を上げた。
「ただし、終業後なら…弱炭酸も、強炭酸も否定しません」
その瞬間。
「おっ」
「今の聞いた?」
「いけるかもしれん」
空気が一段、柔らいだ。
隼人補佐官が小さく頷く。
――これは、うまくいく。
まだ互いに距離はある。
警戒も、不安も、疑いも残っている。
だがこの日、
大阪のヒロ室西日本分室に
“神戸の鬼代官”が静かに着任した。
炭酸の強さを巡る小競り合いと同じように、
これからも衝突はあるだろう。
それでもきっと、
最後には「どっちも美味しい」で落ち着くのだ。
たぶん。




