新橋ヒロ室・食パン耳戦争と、森から来た静かな刺客
新橋のヒロ室ミーティングスペースは、その日も平和だった。
平和すぎて、問題が起きていた。
「その食パンの耳、うちが食べる言うたやろ!」
「はぁ!? なんでやねん! 耳はトースト派のもんやろ!」
テーブル中央。
たった二枚の食パンの“耳”をめぐって、
赤嶺美月と西川彩香が本気の顔で向かい合っている。
「耳はな、カリカリがええねん!」
「カリカリ言うな! 耳はな、牛乳と一緒に食べて完成や!」
「知らんわそんな文化!」
「河内に牛乳文化はないんか!」
この時点で、取り合うほどの量ではない。
「……あの……どっちも半分ずつとか……」
と恐る恐る口を挟んだ白浜麻衣は、
次の瞬間、美月に巻き込まれた。
「麻衣、あんたはどっち派や!」
「え、えっ……あの……耳は……耳は……」
フリーズ。
そこに山本あかりも流れ弾。
「彩香さん、耳はカロリー高いですよ?」
「今それ言う!?」
騒然。
一方その端で、
白石陽菜は小さくパンをちぎりながら、にこにこしている。
「耳も……中身も……どっちも美味しいですよね……」
誰も止まらない。
グレースフォースの二人――みのりとひかりは、
完全に学術的距離を保っていた。
「……これは文化人類学的衝突ですね」
「耳派と白身派の対立構造……興味深いわ」
火に油。
そこへ。
「ちょっと、みんなぁ……」
遥室長の、柔らかい駿河弁が落ちる。
「会議室で食パンの耳戦争は、やめとこ?
今日ね、大事な人、紹介するから」
全員が一斉に振り向く。
遥室長の横に立っていたのは――
淡いカーキのワンピースに、生成りのカーディガン。
肩から下げた布バッグ。
地味。
とにかく地味。
森にいそう。
「こちら、今日から参加してもらう
埼玉県・飯能市代表、宮沢萌音さん」
「……宮沢萌音です。
よろしくお願いします」
声は小さい。
でも、芯はある。
沈黙。
その沈黙を、彩香がぶった切る。
「……で?
この子、戦えるんかいな?」
ド直球。
麗奈が腕を組む。
「同じ埼玉だけどさ。
飯能って……西だよね。
タイプ全然違うな」
興味なさげ。
美月はパンの耳をくわえたまま、首を傾げる。
「森ガール……?
戦隊ヒロインにおるタイプちゃうやろ」
萌音は、少しだけ考えてから言った。
「……戦うのは、熊鈴くらいです」
「熊鈴!?」
全員が一斉に反応。
「クマ除けです。
飯能、出ます」
「いやそれ戦隊ちゃうやん!」
彩香が即ツッコミ。
しかし遥室長は、にこにこしている。
「萌音さんね、
イベント設営、子ども対応、自然系ワークショップ、全部一人で回せるの」
「え?」
「なにそれ?」
「地味に強ない?」
萌音は続ける。
「控室の導線、少し狭いです。
椅子、二脚外した方がいいと思います」
誰も気づいてなかった問題点。
「……あ、確かに」
「それ言われると動きやすい」
「あと、ゴミ袋、足りなくなります。
飯能イベント、いつもそうです」
飯能基準、謎に的確。
遥室長が満足そうに頷く。
「ね?
派手なことはしないけど、
場を静かに回す人」
美月が腕を組む。
「……なんか、よう分からんけど」
彩香も頷く。
「ケンカ売ってこーへんタイプやな」
萌音は、最後に一言。
「……あの、食パンの耳、
干してラスクにすると美味しいです」
一瞬の沈黙。
次の瞬間――
「それやーーー!!!」
全員一致。
こうして、
誰とも争わず、誰とも組まず、
しかし確実に場を変える森ガール
宮沢萌音は、
戦隊ヒロインの世界に、
静かに、そして確実に足を踏み入れたのだった。
――なお、食パンの耳はその後、
誰も食べなかった。




