常夏臨時リーダー爆誕! 北関東スリーアローズ救済計画
すみれコーチがいない。
それは戦隊ヒロインの現場において、重力が一つ消えたくらいの大事件だった。
原因は言うまでもない。
ベイサイドトリニティ三人――澪・沙羅・理世の再研修。
高野山から始まり、富士川分室での昭和内職地獄まで、すみれコーチは完全に付きっきり。
当然、他の現場を見る余裕など、あるはずがなかった。
その“空白”を真正面から受けたのが、
北関東スリーアローズ――唯奈と結花である。
二人は真面目だ。
努力家だ。
だが問題が一つあった。
すみれコーチがいないと、途端に心細くなる。
「次の立ち位置、ここで合ってるっぺ?」
「……多分、右ですけど」
「“多分”って言葉、最近多くない?」
練習場には、なんとも言えない不安な空気が漂っていた。
決して仲が悪いわけではない。
だが、誰も舵を取っていない船のようだった。
その様子を、ヒロ室のガラス越しに見ていた遥室長がぽつり。
「……このままじゃ、矢が三本とも的に届かないだら」
そこで白羽の矢が立ったのが――
いわき市のトロピカルダンサー、木戸瑠海。
ダンス研修ではおなじみ。
技術も空気づくりも一級品。
何より、ヒロインたちからの信頼が異様に厚い。
数日後。
ダンスレッスン室の扉が勢いよく開いた。
「はいはーい! 太陽持ってきましたー!」
全員が反射的に振り向く。
トロピカルカラーのジャージ、健康的な笑顔、妙に明るい声。
入った瞬間、室内の照度が一段階上がった気がした。
「今日から私が見るよー! 臨時リーダー、るみねぇです!」
「……臨時?」
「……リーダー?」
唯奈と結花が顔を見合わせる。
遥室長は淡々と告げた。
「木戸さん、二人の面倒お願いできる?」
「了解です! 方言も不安もまとめて面倒見ます!」
こうして、
北関東スリーアローズは常夏に預けられた。
最初のレッスンから、空気は一変する。
「結花! 今の動き、悪くないけど固い!
海風、吸って! 太平洋想像!」
「太平洋……?」
「唯奈! 表情が真面目すぎ!
それ、試験じゃない! お祭り!」
注意されているのに、なぜか怒られている感じがしない。
失敗しても――
「今のズレ、逆に可愛い! 採用!」
「え、いいんですか?」
「いいのいいの! 完璧より楽しいが勝ち!」
二人は戸惑いながらも、気づけば笑っていた。
休憩時間。
床に座り込んで水を飲みながら、結花がぽつり。
「……踊るの、楽しいですね」
「だっぺ……」
瑠海はそれを聞いて、満足そうに頷く。
「でしょ?
怒る役はすみれコーチがプロ。
私は“楽しくさせる係”なの!」
その言葉に、二人は思わず吹き出した。
数日後。
新橋のヒロ室に報告が上がる。
「唯奈と結花、表情が明るくなりました」
「自主練も増えてます」
遥室長は静かに頷いた。
「……風が変わっただら」
すみれコーチ不在という危機は、
思いがけない形で救われていた。
厳しさの代わりに、太陽が入った。
北関東スリーアローズは、
少し肩の力を抜き、
それでも確かに前に進み始めていた。
そして、スタッフの間でひそひそと囁かれる。
――「るみねぇが来ると、現場が明るくなる」
この噂は、やがて戦隊ヒロイン全体に広がっていく。
常夏は、
まだしばらく北関東に居座りそうだった。




