煩悩まみれで何が悪い ――ベイサイドトリニティ、涙の高野山と赤鉛筆地獄――
ベイサイドトリニティ再研修、その第一章は――
**高野山**での宿坊修行から始まった。
「……寒くない? ここ、空気が思想ごと冷えてるんだけど」
沙羅は畳に正座したまま虚空を見つめていた。
自分がなぜ、都会のステージではなく山奥の宿坊で数珠を持っているのか、理解が追いついていない。
一方、澪はというと――
朝のお勤めで半分、いや八割寝ていた。
木魚の音に合わせて、
「ポン……ポン……」
「……すぴ……」
僧侶が一瞬こちらを見るが、澪は無意識に合掌したまま夢の世界だ。
すみれコーチは何も言わない。ただ深く息を吸い、
「……起きなさい」
その一言で澪は飛び起きた。
「もう終わった?」
「始まったところよ」
理世は写経と格闘していた。
文字数制限――正確には、紙が足りない。
「おかしいですね……この思想量で一枚に収まらないのは、紙の設計ミスでは?」
「理世」
すみれコーチの声は低い。
「仏は“要点を削れ”と教えているの」
「……合理的ではありません」
沙羅は写経も勤めも終え、再び虚無に落ちていた。
「私……ミラノとパリを目指してたはずなのに……
今、標高何メートル?」
第二章は、国家特務戦隊ヒロイン中央研修複合学習センター富士川分室。
名目は「精神鍛錬」。
実態は――昭和の内職地獄だった。
・袋貼り
・競輪新聞に付いてくる赤鉛筆にキャップを付ける作業
・造花の花びらを一枚ずつ差し込む
全員、無言。
「……これ、何の修行ですか?」
理世が聞く。
「人生にはね、意味が分からないことが山ほどあるの」
すみれコーチは淡々と赤鉛筆にキャップをはめる。
澪は袋貼りが妙に上手く、
「これ、無限にできる気がする」
と言い出す始末。
沙羅は造花を見つめてぽつり。
「……花って、造られる側の気持ち考えたことなかった」
ちなみに、この赤鉛筆――
後日、京王閣競輪場で波田顧問の手に渡ることになるが、
それはまだ誰も知らない。
そんな地獄のような研修の最中、
澪後援会の会報は相変わらず絶好調だった。
《ベイサイドトリニティの3人は
世界へ羽ばたくため、鋭意研修中!》
写真はなぜか後ろ姿。
内容は――
・ラーメン屋「○○」餃子半額(会報持参者)
・生田緑地イベント情報
・市バスの正しい乗り方
・自転車の傘差し運転禁止
ヒロイン情報は一行。
「……これ、誰の会報?」
沙羅が呟く。
「地域密着型だね」
澪は感心している。
理世は会報を閉じ、静かに言った。
「……私たち、世界に行く前に、市民生活からやり直している気がします」
すみれコーチは三人を見渡し、穏やかに微笑んだ。
「その通りよ。
“世界”に行く前に、“人”になりなさい」
三人は、赤鉛筆を持ったまま黙り込んだ。
――こうして、
ベイサイドトリニティの再研修は、
仏と昭和と内職に包まれながら、
今日も静かに、そして騒がしく続いていくのだった。
研修はつづく・・・




