沈黙の会議室――ヒロインを守るために、誰を裁くのか
新橋のヒロ室ミーティングスペース。
いつもなら笑い声と雑談が飛び交うその部屋は、この日ばかりは妙に静かだった。
長机の上には紙コップのコーヒー。
誰も手をつけていない。
波田顧問は腕を組み、天井を一度だけ見上げると、低い声で切り出した。
「……単刀直入に言うぞ」
場の空気が一段、重くなる。
「藤原詩織を泣かせた件。
あれはな、一線を越えとる」
その声には、いつもの飄々とした調子はなかった。
べらんめえ口調ですらない。
珍しく、真正面からの怒りだった。
「気が弱くて、心が優しい人間を
三人がかりで追い詰める。
理由が“ムシャクシャしてた”や“人気が気に入らん”だと?」
波田は鼻で笑った。
「そんなもん、理由にもならん」
遥室長が小さく頷く。
「ヒロインプロジェクトは、
健全な青少年育成を掲げています。
いじめは、理念に真っ向から反します」
隼人補佐官も資料をめくりながら言葉を重ねた。
「詩織さんは、
現場でも一番トラブルを起こさない人です。
それを標的にした時点で、
組織として看過できません」
「だからな」
波田顧問は、はっきりと言った。
「卒業でいい」
一瞬、空気が凍る。
「戦隊ヒロインは、
学校でも部活でもねぇ。
社会の前に立つ“看板”だ。
そこで陰湿ないじめをやる連中を
守る義理は、オイラにはねぇ」
厳しい。
だが、誰も即座に否定できなかった。
その沈黙を破ったのが、
近江商人であり、元小学校教諭の琴葉だった。
「……顧問。
それは……少し、厳しすぎるんやないかと、思います。」
波田が視線を向ける。
琴葉は背筋を伸ばし、
教師だった頃の口調で続けた。
「三人は、たしかに間違いをしてしもいました。
せやけど、まだまだ未熟な子らなんです。
未熟な子を切り捨ててしまうんは、
教育とは違うんやないかと、私は思います。」
「どうか……
やり直す機会を、
一遍だけでええさかい、
与えてやってもらえませんやろか。」
議事録を取っていた琴音のペンが、
一瞬止まる。
すみれコーチは、
しばらく黙っていたが、
やがて静かに口を開いた。
「……この件、
私に預けてください」
全員の視線が集まる。
「ベイサイドトリニティを
組ませたのは、私です」
「競争心を刺激すれば
伸びると思った。
……甘かった」
一拍置いて、
すみれははっきり言った。
「再研修を私が引き受けます。
無期限で」
「もし、それでも改善しなければ、
その時は……
私が責任を取ります」
その言葉に、
場の空気が動いた。
波田はしばらく黙り、
やがて深く息を吐く。
「……覚悟、あるんだな」
「あります」
すみれの声に迷いはなかった。
遥室長が静かにまとめる。
「では、
ベイサイドトリニティの三人は
無期限活動休止」
「再研修の上、
復帰可否を判断する、でよろしいですね」
誰も異論を唱えなかった。
ただ一つ、
残った問題がある。
隼人補佐官が言葉を選びながら切り出した。
「……ただ、
彼女たちだけの問題ではありません」
「フラストレーションを
溜め込ませていた運営側にも
責任はあると思います」
「出番調整、
人気の偏り、
説明不足……」
琴葉も頷く。
「不満は、
放置すれば必ず歪みます」
だが、
全員が分かっていることがあった。
「……白石陽菜を外す、
という選択肢はありません」
遥室長のその一言で、
会議は静まった。
陽菜は、
プロジェクトの象徴。
人気も、影響力も、代替がきかない。
誰もが、
そのジレンマを抱えていた。
波田顧問は、
最後にこう言った。
「守るべきもんを、
間違えるな」
「陽菜も、詩織も、
ベイサイドの三人も、
全員ヒロインだ」
「だからこそ、
大人が逃げたら終わりや」
会議は、
重い沈黙のまま終了した。
誰もが理解していた。
これは、
誰かを裁く会議ではない。
ヒロインという存在を、
どう守るかを問われた、
運営側の試練だったのだ。




