オチが来ない世界――白いリボンと歌姫が雑談すると時間が溶ける件
戦隊ヒロイン控室、午後三時。
この時間帯は危険だ。
なぜなら――
白いリボンの妖精・白石陽菜と
世間知らず歌姫・藤原詩織が
同じソファに座ってしまったからである。
「……いい天気ですね」
「ほんとですね。空が、やさしい色です」
この時点で、空気が一段階ゆるむ。
時計の秒針が、気のせいか遅くなる。
二人はどちらも、
穏やかで、丁寧で、世間知らずなお嬢様タイプ。
声のトーンは常に“保健室の午後”。
「さっき、廊下で風が吹いてて」
「はい」
「髪が、ふわっとして」
「わかります」
「春だなぁって思いました」
「……春ですね」
――会話、成立しているようで、
何一つ前に進んでいない。
しかし当人たちは、満足そうだ。
その様子を見ていた美月が、耐えきれず呟く。
「なぁ彩香……今、何分経った?」
彩香が腕時計を見る。
「……五分やな」
「内容は?」
「春」
それだけ。
詩織がふと思い出したように言う。
「陽菜ちゃん、紅茶、好きですか?」
「はい。あったかいのが好きです」
「ですよね」
「落ち着きます」
「落ち着きますよね」
ここで終わると思うだろう。
終わらない。
「でも……」
と詩織が小さく首をかしげる。
「少し冷めてきた紅茶も、悪くないと思うんです」
陽菜の目が、きらっと光る。
「……わかります」
わかるんだ。
「最初はあったかくて」
「途中で、少し静かになって」
「最後は、ゆっくり飲む感じで」
「……人生みたいですね」
二人、同時に小さく頷く。
その瞬間、
美月が立ち上がった。
「ちょ待て!!
今“人生”出てきたやろ!?
どこから紅茶が人生に飛んだん!?」
陽菜と詩織、同時にきょとん。
「……自然に?」
「はい。自然でした」
彩香が頭を抱える。
「なんでこの二人、
オチもツッコミもないのに、
妙に納得して終わるん……?」
その後も会話は続く。
「最近、空気が澄んでますよね」
「はい。音も、やさしいです」
「遠くの音って、いいですよね」
「安心します」
もはや、
癒し系BGM同士の会話である。
隣で見ていた綾乃が、はんなりと微笑む。
「……これはこれで、一つの完成形どすなぁ」
遥室長はメモを取りながら小声で言う。
「この二人、
イベントの休憩時間に置いといたら
スタッフの血圧下がりそう……」
やがて詩織が、真剣な顔で言った。
「陽菜ちゃん」
「はい」
「今日のステージ、がんばりましょうね」
「はい。一緒に」
――ここだけ、ちゃんと前に進む。
二人は立ち上がり、
並んで歩き出す。
背中を見送りながら、美月がぼそっと言う。
「……なんやろな」
彩香が答える。
「オチも笑いもないのに」
「妙に満たされた気分になるな」
控室には、
何も起きなかったはずなのに、
なぜか“いい時間だった”という空気だけが残る。
白いリボンの妖精と、
世間知らずの歌姫。
常人には理解不能。
だが確かにそこには、
二人だけの、完璧に平和な世界が存在していた。
――オチは来ない。
でも、誰も困らない。




