白衣の天使、シフトはDレンジ――助手席が絶叫する信州最速伝説
白いリボンの妖精・白石陽菜を守る守護者は二人いる。
ひとりは岡山の新星、循環器医・藤崎紗絢。
そしてもうひとり――信州が生んだ白衣の天使、看護学生・松本美紀。
普段の美紀は、優しさの擬人化だ。
声は柔らかく、所作は丁寧。
バイタルチェックは正確無比、患者に寄り添う姿勢は教科書に載せたいレベル。
ヒロイン仲間からも「美紀ちゃんがいると空気が落ち着く」と絶大な信頼を集めている。
――ここまでが、A面。
問題は、B面だ。
鍵は、ハンドル。
シートベルトを締めた瞬間、天使は翼を畳み、獣になる。
ある日の移動。
イベント会場へ向かうワゴン車。
運転席に座る美紀は、穏やかな笑顔でミラーを合わせていた。
「皆さん、シートベルト大丈夫ですか?」
「はい……(なぜか声が小さい)」
「じゃあ、出ますね〜」
その瞬間――
Dレンジ、アクセル、床。
車内の空気が圧縮される。
窓の景色が“流れる”ではなく“消える”。
「ちょっ、美紀ちゃん!? いま制限――」
「大丈夫です! ここ、見通し良いですから!」
信州育ちの合理主義。
山道で鍛えられた判断力。
そして伝説の松本走り。
コーナーは“減速して曲がる”ものではない。
**“曲がりながら考える”**ものだ。
助手席のヒロインは、無言で祈り始める。
後部座席では、誰かが静かに遺書の下書きを始めていた。
戦隊ヒロイン界には、運転荒い選手権が存在する(非公式)。
常に優勝候補なのが――大宮麗奈。
だが最近、噂が変わった。
「麗奈さんより危険なの、いるよね?」
「……美紀ちゃん」
二人の共通点は、笑顔で踏むところだ。
そして違いは、理屈が正しいところ。
「安全です。タイヤのグリップ、まだ余裕あります」
「理屈が一番こわいんよ……」
結果、戦隊内で暗黙の了解が生まれた。
「麗奈と美紀の助手席には、座らない」
くじ引きで決めようものなら、
最下位決定戦が地獄のデスゲームになる。
ある日、誰かが言った。
「美紀ちゃんの助手席ってさ……」
「うん?」
「山梨県のテーマパークの絶叫コースターより怖くない?」
全員、即座に頷いた。
あのコースター(高●車)は、
“怖いけど安全”が売りだ。
だが美紀の助手席は、
“安全だけど怖い”。
通常運転でGがかかる。
カーブで内臓が置いていかれる。
ブレーキのタイミングは、信州の神のみぞ知る。
しかも本人は言う。
「え? そんなに揺れました?」
――揺れた。
魂が。
唯一、この問題に真正面から立ち向かう者がいる。
伊吹真白。
トラックドライバー。
安全輸送第一主義。
“無事故は誇り”の人。
普段は、二人は仲が良い。
どちらも温厚。
どちらも人の命を預かる仕事。
だが――運転の話題になった瞬間、空気が変わる。
「美紀ちゃん、あの加速はダメだよ」
「え? 流れに乗ってただけです」
「流れは“読む”もので“作る”ものじゃない」
「でも後ろ詰まってましたし」
「詰まらせたの、君だよ!」
車内、静まり返る。
二人の目が合う。
火花が散る。
安全vs効率、正面衝突。
「安全第一です」
「効率も安全の一部です」
――この議論、終わらない。
最終的に、紗絢がまとめる。
「二人とも、降りて。私が運転する」
全員、拍手。
そんな騒動の裏で、
白いリボンの妖精・陽菜は、後部座席でにこにこしている。
「美紀ちゃんの運転、ちょっと怖いけど……」
「けど?」
「ちゃんと守ってくれてる感じがする」
美紀は、照れる。
「当たり前です。陽菜ちゃんは、私が守りますから」
――天使は、確かに天使だ。
ただし、ハンドルを握らなければ。
今日もどこかで、
助手席が悲鳴を上げ、
後部座席が祈り、
運転席だけが穏やかに微笑む。
白衣の天使は、
止まらない。
減速もしない。
Dレンジのままで。




