出演可否、心拍で決まる――白石陽菜・舞台裏メディカルチェック
イベント当日の楽屋。
鏡前に並ぶ白いライトが、昼間の太陽よりも眩しく輝いていた。
赤、青、白――色とりどりの戦隊ヒロインの衣装がハンガーに整然と掛けられ、
その中央に、いつものように白石陽菜が座っている。
小柄な体。
黒髪のポニーテール。
白いリボン。
ステージでは誰よりも目立つ彼女だが、
舞台に立つ前には、必ず行われる“儀式”があった。
――メディカルチェック。
「じゃあ、始めますね」
藤崎紗絢が静かに声をかける。
白衣ではなく、戦隊ヒロインの真紅のジャケット。
だが、その目は完全に医師のそれだった。
紗絢が脈拍計を取り出すのと同時に、
松本美紀がタブレットを起動する。
二人の動きには一切の無駄がない。
「血圧、上120、下78」
「脈拍……少し速いですね」
美紀が数字を読み上げると、
陽菜は肩をすくめて笑う。
「緊張してるだけだよ。ほら、今日は満席なんだって!」
「はいはい。じゃあ深呼吸しよっか」
「吸ってー……吐いてー……そう、そのまま」
美紀の声は柔らかく、どこか楽しげだ。
だが紗絢は一切笑わない。
陽菜の指先を取る。
皮膚の色、温度、爪の血流。
視線は一瞬で瞳に移り、焦点のブレを確認する。
――カチ、カチ。
時計の秒針の音だけが、楽屋に小さく響いた。
「……少し不安定ね」
その一言で、空気が変わる。
「今日はステージ時間を十分短縮。
曲の間に必ず休憩を入れる。無理はしない」
「了解です、先生」
美紀は即座にスケジュールを修正する。
陽菜は、むっと頬をふくらませた。
「えぇ……今日の子どもたち、すっごく楽しみにしてるのに」
紗絢は陽菜の目をまっすぐに見る。
「あなたが倒れたら、
その子たちは“楽しい思い出”じゃなくて“怖い記憶”を持つことになる」
一瞬、陽菜の視線が揺れる。
「……うん。わかってる」
そう言って、彼女は白いリボンを結び直した。
ぎゅっと、少しだけ強く。
それは陽菜なりの――
「ちゃんと守る」という覚悟のサインだった。
時には、このチェックで“出演不可”の判断が下ることもある。
会場アナウンス。
「白石陽菜は体調不良のため、本日の出演を見合わせます」
その瞬間、客席の空気が少し沈む。
だが、ステージは止まらない。
藤崎紗絢が冷静にマイクを取り、
松本美紀が軽快なトークで空気を和ませる。
赤嶺美月がいつも以上に大きな声で笑い、
西園寺綾乃がはんなりと場をまとめる。
――陽菜の分まで、笑顔を。
控室のモニター越しにその様子を見ていた陽菜は、
気づけばぽろりと涙をこぼしていた。
「……みんな、ちゃんと繋いでくれてる」
その肩に、そっと手が置かれる。
家政婦・杉本恵。
誰にも知られてはいけない“母”の手。
「ええ。あなたの笑顔を守るために、
あの人たちは、ちゃんと戦ってる」
陽菜は頷き、胸に手を当てる。
そこにある、確かな鼓動を感じながら。
――ステージは、ひとりで作るものじゃない。
医師。
看護学生。
仲間たち。
そして、名も名乗れぬ母の祈り。
そのすべてが重なって、
**白石陽菜という“奇跡の心臓”**は、今日も静かに、力強く動いている。
舞台に立つ前の、たった十六分。
そこには、誰にも見えない戦いが、確かに存在していた。




