心拍を測る笑顔――白衣の右腕は、十八歳の看護学生だった
松本美紀――。
長野県松本市。
北アルプスの稜線を遠くに望む、澄んだ空気の町。
美紀はその山あいで、医療が“生活の一部”として存在する家庭に生まれ育った。
実家は地域医療を支える小さなクリニック。
父は内科医、母は看護師。
夜遅く、診療を終えて帰宅した父の白衣から漂う消毒液の匂い。
母が語る「今日はね、あの患者さんが笑ってくれたのよ」という何気ない報告。
美紀にとって医療は、特別な使命ではなく、
「誰かのそばにいること」そのものだった。
だからだろう。
彼女の笑顔には、理由のない安心感があった。
現在、看護学生。十八歳。
だが実習先では、しばしば空気がざわつく。
点滴ルートの確保、モニター数値の変化への反応、
患者への声かけのタイミング――
どれもが早く、正確で、しかも柔らかい。
「教科書どおりじゃないのに、正解なんだよな……」
「この子、現場向きすぎるだろ」
講師やベテラン看護師が、半ば呆れたように笑う。
誰かを急かすこともなく、出しゃばることもない。
それでいて、必要な瞬間には必ずそこにいる。
――未来の名ナース。
その評価は、もはや噂ではなく確信だった。
戦隊ヒロイン・チームに彼女が加わったのは、
岡山の新星・藤崎紗絢の“異例の指名”からだった。
「陽菜ちゃんには、医師だけじゃ足りない」
「数字じゃ測れない部分を、支えられる人が必要なの」
そう言って紗絢が連れてきたのが、松本美紀だった。
初対面の日。
白石陽菜は少し緊張した面持ちで椅子に座っていた。
「はじめまして、松本美紀です」
「……あ、同い年?」
「うん。だから敬語なしでいこ?」
その一言で、空気がふっと緩んだ。
イベント前の楽屋。
美紀はごく自然に陽菜の横に立つ。
「はい、指ちょっと貸して」
脈拍計を装着し、秒針を目で追う。
「……うん。ちょっと速いけど、元気なドキドキ」
「え、速いの?」
「緊張七割、楽しみ二割、残りは――」
「なに?」
「たぶん、お客さんに会える嬉しさ」
陽菜はくすっと笑い、肩の力を抜いた。
その間も、美紀の視線は陽菜の呼吸、顔色、姿勢を逃さない。
それを少し離れた場所で見ていた藤崎紗絢は、
無言のまま確信する。
――この子なら、任せられる。
ステージに立てば、二人は一転して“名コンビ”だ。
陽菜が真面目に進行を始めると、
美紀はマイクを逆さに持って首を傾げる。
「……あれ? 声、出ない?」
「ちょっと美紀ちゃん!」
台本を確認しようとして、
「えっと……次は心電図!」と叫んでしまい、会場は爆笑。
子どもたちは腹を抱えて笑い、
大人たちは気づく。
この“笑い”が、陽菜の緊張をほどき、心拍を落ち着かせていることに。
これは偶然ではない。
美紀は、わざとやっている。
夜。
それぞれの部屋で、スマホ越しに通話がつながる。
「美紀ちゃん、将来なにになりたいの?」
「決まってるよ。ヒロイン専属ナース」
「かっこいい……じゃあ私、引退しても診てね」
「ダメ。引退させない」
冗談みたいな言葉の裏で、
二人は同じ未来を見ていた。
白石陽菜を支える二つの光。
眠らない循環器医・藤崎紗絢。
そして、笑顔で心拍を測る看護学生・松本美紀。
医師とナース。
ヒロインと仲間。
姉妹のようで、親友のようで――
何より“命を預け合う関係”。
その鼓動は今日も確かに、
戦隊ヒロインという奇跡を、静かに支えている。




