医師である前に、仲間であれ ― 岡山の新星・藤崎紗絢、二十四時間戦闘中
藤崎紗絢――その名を知らぬ循環器医は、いまや日本にほとんどいない。
岡山県岡山市出身、二十七歳。
岡山医科大学附属病院・循環器内科。
白衣を翻して廊下を歩く彼女の背中には、常に張り詰めた空気がまとわりついている。
長身で、しなやかな体躯。
凛とした横顔。
そして何より、迷いのない歩幅。
「藤崎先生が通ると、病棟の空気が変わるんですよ」
看護師がそう囁くのも無理はない。
彼女は若くして数々の論文を発表し、国内外の学会で名を知られる存在となった。
教授たちは口を揃えて言う。
「藤崎紗絢は“岡山の新星”だ」
だが――
その輝きの中心にいるのは、医学そのものではなかった。
白石陽菜。
心臓に重い疾患を抱えながらも、戦隊ヒロインとして人々に笑顔を届ける少女。
紗絢の一日は、異常なほど過密だ。
朝は手術室、昼は回診、夕方は学生指導。
夜はカルテと論文に埋もれ、日付が変わるころ病院を出る。
そこから東京行きの早朝の飛行機。
仮眠は座席で三十分。
朝にはステージ裏の控室で、白石陽菜の脈を取っている。
「……少し速い。今日は無理しないで」
白衣の代わりに真紅のジャケットを纏いながら、紗絢は医師の顔でそう告げる。
陽菜はにこっと笑って答える。
「大丈夫だよ、紗絢先生。私、今日は調子いいの」
その笑顔を見て、紗絢は胸の奥で小さく息を吐く。
――この子は、命を削るようにして立っている。
イベントが終われば、また岡山へ。
翌朝には何事もなかったように病棟に立つ。
「先生、寝てますか?」
「移動中に少しだけ。足りてます」
食事はサプリメント。
休暇は学会発表と同義。
それでも彼女は疲れた顔を見せない。
「寝る時間が惜しいんです。
陽菜ちゃんが頑張っているのに、私だけ休むなんてできませんから」
海外の学会では、壇上で堂々と語る。
「心臓疾患を抱える若者のQOLをどう高めるか。
医学は“延命”だけでなく、“生き方”を守るためにあるべきです」
会場は静まり返り、やがて大きな拍手に包まれた。
彼女の視線は、常に“患者の未来”を見据えている。
帰国すれば、またステージだ。
白石陽菜の隣で、観客に向かって微笑む。
白衣の天使――ではない。
その姿は、赤い星の守護者だった。
紗絢のデスクの片隅には、一冊のノートがある。
表紙に走り書きされた文字。
――HINA PROJECT
中身は論文でも台本でもない。
心臓に負担をかけない新しい治療の構想、数値、図解。
まだ誰にも認められていない、だが確かな“希望”。
深夜の研究室。
蛍光灯の下で、紗絢は小さく呟く。
「あなたの心臓は、まだ止まらせない。
……だって、あなたはみんなの希望なんだから」
日本一忙しい循環器医。
その肩書きは、もはや勲章のようなものだ。
だが、本人は肩をすくめて笑う。
「忙しい、なんて言葉。
陽菜ちゃんの辞書には、ありませんから」
白衣を脱ぎ、赤いスーツに着替える。
その胸には、医師としての誇りと、少女への友情が静かに輝いていた。




