白衣は心臓を、真紅は希望を―― 異例の誕生、岡山の新星・藤崎紗絢
白石陽菜の名が、日本中に広がるまで、そう時間はかからなかった。
小柄な身体、透けるような白い肌。
艶やかな黒髪を高く結い、そこに揺れる白いリボン。
ステージに姿を現した瞬間、会場の空気がふっと変わる。
「ひなちゃーん!」
子どもたちの声が弾け、大人たちは言葉を失う。
彼女が手を振るだけで、そこにいる誰もが少しだけ優しくなる。
白石陽菜は、まるで“希望”という概念を人の形にした存在だった。
だが――
その光の裏側を知る者は、ほとんどいない。
イベントの合間、控室のソファで、陽菜はそっと胸に手を当てる。
深く息を整え、誰にも見せない小さな疲労をやり過ごす。
その隣には、必ず一人の女性がいた。
藤崎紗絢。
岡山医科大学医学部出身。循環器内科医。
名医・藤崎恒一教授の愛弟子にして姪。
長身で均整の取れた体躯、冷静な眼差し。
白衣に包まれたその姿は、医師としての信頼と、どこか舞台映えする存在感を併せ持っていた。
「……脈、少し速いですね。無理しましたか」
「でもね、今日はすごく声援があったの。だから、平気」
陽菜はそう言って笑う。
その笑顔に、紗絢はいつも一瞬だけ言葉を失う。
――この子は、命を削るようにして、人を照らしている。
東京に派遣されて以来、紗絢はその現実を何度も突きつけられていた。
医師としては止めるべきだ。
だが、人としては、彼女の「生き方」を否定できなかった。
そんな紗絢に目をつけたのが、波田巌蔵だった。
「なぁ藤崎センセ。医者で、その面構えだ。
舞台に立ちゃ、日本中が“安心”する顔してやがる」
「ちょ、ちょっと顧問。私は医師です。アイドルじゃありません」
「誰も歌えなんて言ってねぇ。
人を救う力ってのはな、白衣でも制服でも同じだ」
冗談めかした口調。
だが、その目は本気だった。
決定打になったのは、ある日のステージだった。
陽菜が全力で歌い、全力で笑い、そして舞台袖で静かに崩れかけた夜。
紗絢は彼女を抱きとめながら、はっきりと理解した。
――この子は、一人で立たせてはいけない。
「……決めました」
「お、腹くくったか」
「医師としてだけじゃ足りません。
同じ舞台に立ちます。仲間として、隣で支えるために」
こうして誕生した。
循環器医兼・戦隊ヒロインという前代未聞の存在。
藤崎紗絢。
岡山から現れた“白衣の星”。
真紅のジャケットに袖を通した彼女の動きは、どこまでも正確で無駄がない。
戦闘でも演技でも、彼女の所作には医師ならではの判断力と冷静さが宿っていた。
舞台裏。
紗絢はいつものように、陽菜の脈を取る。
「今日は、ここまで。これ以上はダメです」
「……うん。ありがとう、紗絢先生」
「先生じゃありません。今は、仲間です」
少しだけ照れたように、紗絢は言った。
その光景を、遠くから見つめる一人の女がいた。
家政婦・杉本恵。
言葉にできない祈りを胸に、ただ二人の背中を見守る。
白石陽菜は光として輝き、
藤崎紗絢はその光を守る盾となる。
こうして――
“白いリボンの妖精”と“白衣のヒロイン”は、
運命に導かれるように、同じステージに立つことになった。
それは偶然ではない。
心臓の鼓動が刻む、必然のリズムだった。




